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大日本帝国は第一次世界大戦の時は連合国だったのに、第二次世界大戦時には枢軸国...

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ID非公開さん

2019/8/1001:23:40

大日本帝国は第一次世界大戦の時は連合国だったのに、第二次世界大戦時には枢軸国となり世界を敵に回したのは何故ですか?

連合国側についたまま、第二次世界大戦も戦勝国となるのは不可能だったのでしょうか。

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ans********さん

2019/8/1612:39:35

>占領地を広げて経済力を底上げするしか生き残る道が
無かったわけです

それは嘘です
それなら戦後、国内だけの製造力で
高度経済成長をできた説明が付きません

日本政府は昔から自分のことしか考えなかったからです
当時のイギリスは日本の外交に嫌気がさしていました

ああしてくれこうしてくれ、と
自分の要求だけは突き付けてくるくせに
イギリスが要請や要求をすると
Noか本土に持ち帰って検討します→その後音沙汰無し

昔から日本の外交は糞です
70年代や80年代も海外からまともな外交しろ
と怒られていました
1度など大統領公式記者会見で
日本はちゃんと外交しろ、と公式に怒られたことがあります

日本は今も政治が幼稚ですからね

ですからイギリスと揉めたわけです

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ベストアンサー以外の回答

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2019/8/1612:23:46

1929年に世界恐慌が発生した時点で、それは無理な話でしょう。

国力に乏しい日本は、独力で大不況を乗り越える事が出来ませんでした。
ゆえに武力で占領地を広げて経済力を底上げするしか生き残る道が
無かったわけです。しかしこの行為は国際連盟から侵略と非難され、
日本と同様の手段を取った国々は国際的に孤立します。

孤立した国同士は急接近し、のちの枢軸国の骨子になります。
大不況を乗り切るだけの国力さえあれば、枢軸国入りは
無かったでしょう。

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gen********さん

2019/8/1012:43:20

イタリアだって同じでしょう。第一次世界大戦で、イタリア王国は、三国同盟がありならがも防衛的性格ではないとして同盟国には加わらず、連合国側で参戦してオーストリア・ハンガリーと戦いました。
日本は、日英同盟を理由にして、連合国側で参戦しましたが、連合国軍のヨーロッパ派兵要請を拒否しています。

これらでいえることは、各国は単に”国益を追求”しただけで、連合国側というポジションを守っていたわけではないということです。

枢軸国とは、すなわち、ローマ=ベルリン軸のことで、イタリア=ドイツのファシスト同盟を意味します。日本は部外者であって、どの国よりも早く、1931年から中国大陸で戦争を始めており、国際的には完全に孤立していました。だから孤立した日本が、伊独同盟に勝手にくっついたという格好で、日本の外交方針としてはこれに(日本と中立条約を締結していた)ソ連を加えた四カ国同盟にするというものでしたが、独ソ戦の開始によって、ご破算。
三国軍事同盟は、各々の領分をきめて干渉せずに戦うというだけの実効性のない同盟だったので、やっぱり日本は、アジアで孤立したまま戦うことになりました。

対して、連合国は、連合国共同宣言によって協定として共闘が明確に規定され、単独休戦も否定されるなど、はっきりした組織でした。

連合国は、1938年以後の戦争を対象にしていましたが、日本の場合は前述のように1931年から戦争状態であり、日中戦争をどうにかしないことには、外交的な選択肢は全くなく、結局、それが明白に日本の敗戦につながりました。

中国戦線の泥沼化により、日本が戦勝国となるのは不可能でした。

世界恐慌を脱して、国内の労働力の余り、あるいは耕作地不足の解消という文脈において、中国で戦線拡大しないという選択肢もなく、かといって、中国大陸のすべてを制圧するほどの物資・人的リソースも不足するなかで、日本は完全に袋小路に入ったのです。
中国での無計画な戦線拡大、いわゆる軍部の暴走というモノを、日本の政治は抑えられませんでした。もし、軍部を掌握するだけでなく、軍隊の撤退や戦争の中止を自由できるほどの、強い権限があれば、(もちろん当時の日本にそんなものはあり得ないのですが、)そもそも、どの戦争であろうと敗戦なんてしてません。リーダーシップの欠如、無責任官僚体制が、日本の悪い面です。

イタリアだって同じでしょう。第一次世界大戦で、イタリア王国は、三国同盟がありならがも防衛的性格ではないとして同盟国...

r_a********さん

2019/8/1010:13:49

満州国作って、国連脱退して、世界を敵に回しました。

リットン調査団報告書に基づく国際連盟の採択を、受け入れていれば違う歴史になりましたが、それが出来たかどうか、また何故それが出来なかったのかは、議論の分かれる点です。

coo********さん

2019/8/1003:09:21

元々は日露戦争に勝った事でアメリカに警戒された事です。

ハリマンの提案を蹴って以来日本はアメリカと悉くぶつかる。

一次大戦でイギリスの要請以上の事をやって暴走?し、何やってんだこいつらは?と見られたのとヴェルサイユ会議でアメリカ大統領ウィルソンと喧嘩しました。

なので日英同盟を廃棄に追い込ませ、連合国サイドから追い出したと云う道筋です。

日独伊は対共産主義(ぶっちゃけソ連)の為の組織(日独伊防共協定)だったのが、日米の衝突の為に対英米への同盟(三国同盟)に変わってしまってます。

軍縮条約で抑え込まれたのが決定的だったですかね。

日本が膨張する方向に向かった事が、アメリカの利害と衝突したのが全てだと思います。


不可能でしょう。

アメリカと組む、連合国で居る事は、すなわち大陸や世界で列強の一員として他列強の植民地収奪を共にしていくという事でもあります。

そう云う道を日本が進み続けられるか?

甚だ疑問だし、それで得た植民地を、丁寧な経営をやればやはり他植民地との歪みを生むだろうし、独立の機運を生んで広まる可能性が出ると思います。

そうなったらふざけんな何やってんだよ日本、として衝突が不可避。

と云うのが自分の見立てです。

mad********さん

2019/8/1001:26:28

枢軸国っていわゆる資源がない国なんです。
世界恐慌で自国の復興が第1になり多くの国が貿易に規制をかけました。
自国で資源もなく植民地がなかったため、侵略に走っていきました〜

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