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一向宗は戦国武将と武力衝突したそうですが、親鸞聖人の見教えと何の関係があるの...

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ID非公開さん

2019/8/1117:43:24

一向宗は戦国武将と武力衝突したそうですが、親鸞聖人の見教えと何の関係があるのでしょうか?

真宗の金を狙われたのでしょうか?

補足皆さま!
回答ありがとう御座います。
一向宗は
政治的に軍事的に利用されたのですか?
それとも、
乱世では他に方法が無かった!
のでしょうか?
心の平安を求めるのが宗教なのに
此のような行動とは、
宗教の強みなのでしょうか?
宗教の弱みなのでしょうか?
どちらとも言えるのですか?
人々の社会に対する不平不満を爆発させるには、
一向宗が最適な組織体だったのですか?

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35
回答数:
6

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ベストアンサーに選ばれた回答

zun********さん

2019/8/1123:00:21

信長はこの際いいですね。

一向一揆の名が知れ渡ったのは、加賀の政争に加担した時です。
富樫氏の家督争いに、請われて参戦したのですが、蓮如らの真宗本願寺派と高田派が別々の陣営に加わって戦っており、真宗が俗世の権力を関係が強かったとわかります。

一揆とは、まとまりをつくって行動を共にすることであり、すぐに武力闘争をひきおこすわけではありません。
世の中があれており、こうした組織をつくることが広がったため、この時代に戦争ができる状態の人間というのは意外と多いです。

とくに真宗本願寺派が、この手の組織つくりに成功しました。税を払ったら功徳になるというのも、宗教の強みでしょう。

そして組織力を買われて富樫氏の争いに加わりますが、その力が強かったために、味方した武家からも警戒されます。
これ以後、越後や越中、越前でも一向宗の力は警戒され、そこここで武力衝突となります。

ちなみに畿内での一向宗の力に不安をおぼえた管領細川氏は、京都に勢力をもつ法華宗の一揆に協力をもとめ、一向宗と戦わせています。延暦寺も政争に巻き込みます。
それがこの当時の宗教の一面でした。

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質問した人からのコメント

2019/8/16 10:41:32

BA選択に迷いましたが、
宗教と政治が影響しあった時代だったのですよね?

ベストアンサー以外の回答

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mok********さん

2019/8/1218:27:33

織田から再三にわたり、物資などをよこせと脅迫。本願寺は、抵抗を試みたが敗北。

結果として、本願寺(土地)を奪われました。現在の大阪城にあたる場所であり、良い場所であったのだと思います。

宗教的に平安を求め、初めから全面的に、降伏、すべての物資を与え、本願寺も手放すという選択肢が正解だとしても、それを選択できる人はなかなかいないように思います。

com********さん

2019/8/1123:20:35

結局、あいつ気に入らねえなあ、俺たちに逆らったらどうなるか
教えてやろう、俺たちのバックには御仏がついてんだって
ヤクザやチンピラ、珍走団が公務員(警察等)に喧嘩売ったって
感じじゃないの。

極楽浄土を都合よく使って門徒の命をもてあそぶ邪神のような
感じかな

tan********さん

2019/8/1120:22:37

顕如が織田信長と敵対したからです。

まりえさん

2019/8/1119:58:21

親鸞上人と蓮如上人(浄土真宗本願寺派と真宗大谷派中興の祖)の教えとは関係はありません。

蓮如上人はたくさんの御文の中で一向宗の門徒、本願寺の門徒が守るべき掟を記しています。その中で蓮如上人は
・守護・地頭に逆らわないように。
・年貢は確実に納めなさい。
・仁義礼智信を守りなさい。
・他の宗派の悪口は言わないように。
・一向宗の宣伝を、相手が嫌がるのにも関わらず人前でしてはいけない。
などと明記しています。「王法を額に置いて、つまり政治権力というものを尊重して、仏法は心の中に隠しておけ」これが最も期待される念仏者と言っているわけです。にも関わらず、そのような念仏の思想を説いて、これを信じた信徒が「我らが念仏を信じたがゆえに」一揆を起こしたのは、非常に不思議な問題です。例えば、その思想の中に反体制のイデオロギーがあり、その思想を信じて反体制の行動に出るのなら、これは当然です。しかし、無いものからなぜ出るのかというと、一向宗の世界の人間関係の解釈に、その原因があるのです。一向宗の世界は、阿弥陀仏の前においてその信仰を持った念仏者はすべて平等で、御同朋・御同行であるとしているのです。法然上人も親鸞上人も蓮如上人も末端の門徒の信心も、信心に変わりはない、なぜかというと、ぜんぶ阿弥陀仏からいただいたものだからという考え方なのです。一揆を起こした論理の基の考え方は、この御同朋・御同行という人間平等の関係の拡大解釈です。つまり「勇み足」です。
親鸞上人と蓮如上人は、決して人間は生まれながらにして平等だと言っているわけではありません。生まれながらの不平等は認めているのです。公家の家に生まれる、武士の家に生まれる、お金持の家に生まれる、これは生まれるほうとしてみれば、選択の余地がないのです。まさに前世の宿業です。しかし、この不平等は認めながらも、一向宗の世界に入ってきたら平等だというのです。これを門徒たちは、禅宗を信じている公家や武士、日蓮宗を信じている武士やお金持ち、みな同じ人間だから平等じゃないかと言う、この勘違いです。

参考引用:日本仏教の歩み

chi********さん

2019/8/1117:45:35

信長はキリスト教を初めとした西洋文化を容認したので、既得権益を阻害されると危惧した一向宗徒たちが武装して徹底抗戦した次第です。

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