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明治時代の華族って 下位に子爵と男爵がありますが、伝統的な子爵より新興の...

his********さん

2019/9/523:00:57

明治時代の華族って


下位に子爵と男爵がありますが、伝統的な子爵より新興の男爵の方が金持ち、って事はあったのですか?

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juncoさん

2019/9/1220:04:14

家柄でなく経済力などによって地位を得た、新しい階級に与えるために新興の爵位が出来たのですから、当然そのような傾向にあったと思います。

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ss3********さん

2019/9/714:41:47

大金持ちが男爵になった例は結構あります。と言うか、爵位が欲しくて色々運動した大金持ちもいたからねえ。

2019/9/607:27:40

よくあります。

明治維新のとき、大名の借金は藩のものとして政府が引き受けた一方で財産は領地など一部不動産を除いて私的なものとして保証されました。
このため旧大名家から華族になった家は裕福なところが多いです。
一方、公家・皇族は幕府の政策により全般的に貧しかったので、下級公家などは華族になっても財産が余り無く、華族として最低限のくらししかできず、借金で首が回らなくなりこれが一種の不祥事とみなされて爵位返上なんて事もありました。
また、明治中期以降の功績によって華族となった新興華族は多くが経済的にも成功していたため、旧貧乏公家出身の華族より裕福でした。

map********さん

2019/9/523:20:45

よくあります。
金持ちの新興の男爵だと、財閥の三井男爵家や鴻池男爵家、岩崎男爵家などがあります。これらはもちろん大概の子爵より金持ちだと思います。
逆に元は公家だった華族(だいたいが伯爵か子爵)には経済的に豊かではない家も多くありました。それなりの財政基盤と、元家臣との繋がりがある大名華族とくらべ公家華族は財政基盤が弱く、爵位を返上した家もあるくらいです。
よって、財閥華族(男爵)≫大名華族(大半が子爵)>公家華族(大半が伯爵か子爵)
といった感じでしょうか。

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