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第二次大戦時に最先端爆撃機のB-29は最新鋭の技術で造られており、日本ではコピー...

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ID非公開さん

2019/9/1709:06:23

第二次大戦時に最先端爆撃機のB-29は最新鋭の技術で造られており、日本ではコピーは全く不可能だと思いますが、ソ連が不時着機を元にリバースエンジニアリングで Tu-4を量産化出来たのは、

当時の日本よりソ連の技術力より劣っていたからなのでしょうか?

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ベストアンサーに選ばれた回答

Brewster F2Aさん

2019/9/1721:15:22

日産自動車はしばらく技術習得のため英国オースチン社のノックダウンをしていました。
https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E7%94%A3%E3%83%BB%E3%82%A...
戦争が終わって10年経っています。それでもまだ欧米並みの工業製品の製造はままならなかった、というのが事実だったようです。
Tu-4も同じく似て異なもの、工作精度や電気、油圧、ベアリングの耐久性、ゴムや油脂類の差などB-29と比べたらキリが無いほど劣っていたでしょうが、数年後の軍事パレードで観閲飛行させ、核投射能力の保持への執着を見せました。以後、一時的にはロケットで先行し、アメリカを震え上がらせることになります。
日本へは墜落機、不時着機はあったようですが、生き残りの搭乗員をリンチしたり人体実験したりくらいで、よしこの残骸を研究して米本土爆撃機の参考にするぞ!というような気高い発想は生まれなかったようです。当時のソ連には共産圏の盟主としての誇りと責任、それが猿マネと蔑まれてもとりあえず飛ばす、これに専念した、日本にはその気概が欠けていた、が私の回答です

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質問した人からのコメント

2019/9/21 19:05:44

ありがとうございました。

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