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前進座というのは、歌舞伎の家柄に恵まれない人が集まって興したわけですか。 ...

dyw********さん

2019/9/1723:52:01

前進座というのは、歌舞伎の家柄に恵まれない人が集まって興したわけですか。

歌舞伎は家柄がなければ端役で終わってしまうのですね。

役が付かないと結局面白くないので、自分たちで新たに舞台を作ったわけですか。
坂東妻三郎氏も元々歌舞伎だったけれど、家柄がないので映画に活路を求めて京都に行って大スターになったのですね。
歌舞伎で役に恵まれない人は歌舞伎に見切りをつけて、映画だったり、自分たちで新たに舞台を作ったのでしょうか。
前進座はその中でも、戦前にかなり成功して小屋まで建ててしまうわけでしょうか。
スーパー歌舞伎というのも、市川猿之助氏が家柄に恵まれない子をあつめて出してあげたりしたのでしょうか。同じような感じでしょうか。

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rin********さん

2019/9/1813:41:44

前進座を立ち上げた、河原崎長十郎や、中村翫右衛門などは、父や祖父が歌舞伎役者で、門閥外ではないですよ。
確かに團十郎、菊五郎のような大名跡ではないですが。

ただ歌舞伎では主役になれないから、というわけではなく、世界恐慌の中で、世間でも労働組合が結成されたりして、昔ながらの師匠と弟子という仕組みから、俳優の生活を守れ!という団体を作ろうとか、
古典だけでなく、社会風刺なども含めた現代劇もやろう、
とか、そうした改革運動の1つだと思います。

前進座の前身、春秋座は二代目市川猿之助が中心でしたが、この人は人気俳優でもあり、留学したり、歌舞伎ではない自由劇場に客演したり、進取の気概がある人でした。

猿之助と一緒に長十郎らは、松竹をやめますが、新作をやりたい猿之助と、長十郎たちの理想にはズレがあり、猿之助とは別れた人たちで前進座を作ります。

前進座は先進的なものより、庶民の生活を描いた人情ものなどを得意として、人気を博します。

古典歌舞伎は時代により、難しいからと人気がなくなったり、再評価されたりしますから、
前進座が松竹と同じことをやるのではなく、自分たちの得意分野に重点を置き、違う演出を伸ばしていったことが成功の理由だと思います。

スーパー歌舞伎は、孤児院ではないので(笑)
家柄のよくない子を集めたのではなく、
家柄に関係なく、優れた役者にはよい役を与えて育てたのです。

澤瀉屋を名乗るのは外部からの入門者ですが、澤瀉屋メンバーだけでなく、今は播磨屋である中村歌六さんや、父を早く亡くしていた中村錦之助さんなども、若手の時スーパー歌舞伎で活躍していました。
そのことが、今の演技の幅に繋がっていると思います。

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