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孝徳天皇と文武天皇はどちらも軽皇子ですが、それはたまたまですか?

bdi********さん

2019/10/710:29:18

孝徳天皇と文武天皇はどちらも軽皇子ですが、それはたまたまですか?

それとも何か理由があってどちらも軽皇子という名前になっているのですか?

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zun********さん

2019/10/715:33:13

皇族の諱は、関係する地名などからつけられることがあるようです。
孝徳天皇の子である有間皇子は、有馬温泉のあたりで生まれたという言い伝えだそうです。

調べたら万葉集に出てくる「軽の地」というのがありました。現在の奈良県橿原市大軽町にあたり、これは飛鳥地方の西隣という非常に関係の深い土地です。

ここで育った人なら、だれでも「軽皇子」「軽王」などと呼ばれる可能性があると思います。
古墳時代にも木梨軽皇子、軽大娘皇女という兄妹がいますし、別の名前でも時代を超えて似たような名の人がいるかもしれません。

あくまで可能性があるという程度ですが、こうした理由ではないかと思います。
でもこれって、たまたまとも言えるんですよね。
父子でもない二人が同じ名前。でも文武の諱が孝徳を意識したわけではなく、規則性にしたがうとたまたま同じ名前になったんだ、と。

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zeu********さん

2019/10/713:23:35

徳川の将軍候補の幼名はそろって竹千代というのと同じでは?

大名や上層武士は幼名がみんな同じということが普通です。
皇族はちょっとわかりませんが・・・・

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徳蘭さん

2019/10/713:21:14

その当時は即位した天皇が譲位し、再度即位するという事がありました。ですからどちらの天皇も軽皇子です。

近代は、崩御で践祚が当たり前のようでしたが、上皇は日本史の中に沢山出てきます。

kimuron1さん

2019/10/711:09:06

軽皇子(かるのおうじ)「孝徳天皇・文武天皇」

(1)孝徳天皇(597―654)の名。
皇極天皇の弟・軽皇子が即位して第36代天皇・孝徳天皇に。
中大兄皇子が皇太子となる。


(2)文武天皇(683―707)の名。
第42代天皇(在位697~707)。
持統天皇の保護のもとで成長し,持統は697年2月,反対者を抑えて軽皇子を皇太子とし,同年8月に譲位,702年(大宝2)に没するまで文武の政治を助ける。

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