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ミッドウェー海戦で、偵察機が遅れる事なく発信し、アメリカ海軍よりいち早く空母...

ロンリーフリーマンさん

2019/11/602:23:04

ミッドウェー海戦で、偵察機が遅れる事なく発信し、アメリカ海軍よりいち早く空母群の居場所を察知・報告できていれば、大日本帝国の大勝で終わっていたでしょうか。

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dgj********さん

2019/11/814:37:25

ミッドウェー海戦については、戦後史実として伝えられて来た「利根4号機のカタパルト故障による30分の発進遅れ」「運命の5分間」などは、意図した捏造なのか、謝った認識が伝えられたかは別として、真実ではないという指摘がなされています。

細かい説明は省きますが、これまで言われてきた30分の発進遅れと米艦隊発見の位置から導き出すと、利根4号機は発進後最高速度に近い高速で飛行しないと辻褄が合わない事になるそうです。勿論、発進の遅れを取り戻す為に巡航速度では飛ばなかった可能性もゼロではありません。しかし、索敵機は洋上を長時間飛行し、敵を発見すれば接触を続けながらその位置や艦隊の編成を報告し続けたりする事も考えれば燃料を大量に消費する最高速度に近い飛行は考えにくい話です。
実際には、発進遅れは数分で、しかも発進した重巡利根の艦橋から索敵機に伝えた発進地点の位置がそもそも誤りだったと言われます。それなのに利根4号機がコースをミスした事にされています。
さらに、索敵機は重巡筑摩、戦艦榛名、空母赤城他からも発進してますが、その中の筑摩1号機は雲の上を飛行し、予定コースを飛んでいたなら米艦隊上空を飛行しているはずで、見逃した可能性があります。日本の航空機には索敵レーダーがまだ無い頃ですから、ワザワザ雲の上を飛行するなんて偵察する気はあったのか?という事です。

「運命の5分間」に至っては、米軍機が撮影した日本の空母の写真、生存者の証言などでも全く違う、と判明してます。ミッドウェー海戦では航空機搭乗員の戦死者はイメージ程多くはありませんが、もし本当にあと5分で攻撃隊が発進出来る状況だったなら飛行甲板は魚雷、爆弾、燃料を満載した攻撃隊で埋め尽くされていたはずで、被弾した三空母とも物凄い誘爆でその時点で撃沈されていたか、滅茶滅茶に破壊されていたでしょう。発艦寸前なら搭乗員はほぼ全員戦死していた事になります。

何故このように事実と異なる話がミッドウェー海戦の経緯として伝えられて来たのか。
一番元になっているのは、真珠湾攻撃の飛行隊長でミッドウェーでも南雲機動部隊に乗り込んでいた淵田美津雄氏と同じくもと海軍中佐の奥宮正武氏の共著による「ミッドウェー」という本です。
戦後数年で出された本で、終戦後の混乱期で多数の生存者に丁寧に証言を求めて書かれたものではない事を間引いて考えればミスが幾つもある可能性は否定出来ないにせよ、幾ら何でも「運命の5分間」は意図的な捏造としか言いようがありません。

お二人とも終戦時にはそれぞれ海軍大佐と中佐。海軍上層部の誤りを指摘せず、かばう方向で書かれた可能性が高いと言われても仕方ないと思います。

なお、ご質問についてですが、上に長々書いたように「偵察機が遅れる事なく」はともかく、「アメリカ海軍よりいち早く」について申し上げれば、勝利していた可能性は高いでしょうね。

ただ、勝利は偶然と紙一重の要素が沢山あります。SBDドーントレスの急降下爆撃を喰らう前に、史実では殆ど全てが撃墜され1本の魚雷も命中させられなかったTBDの魚雷が当たっていたり、ミッドウェー基地のB-17やB-26の爆撃、魚雷が命中していたら。攻撃してきた米軍機の数から考えて空母が撃沈される事は無かったでしょうけど、魚雷1本、爆弾1発でも命中していたら、その損害で空母の速度が落ちたり南雲機動部隊の判断に何らかの影響を与えていたでしょう。
或いは、史実では成功したSBDの急降下爆撃が、爆弾が全て回避されたり、または南雲機動部隊を発見出来ずに空しく引き返していたら。
日本の索敵機の発見時刻も変わらず、攻撃隊の発進も「運命の5分間」より後だったとしてもアメリカの空母は3隻ともやられていた可能性が高いでしょう。撃沈されなくとも、ちょうどSBDが空母に帰りついて燃料補給している位のタイミングですから、もうそれ以上南雲機動部隊に向けて攻撃隊を出すことが出来なくなります。

南雲機動部隊の後方を進んでいた、山本長官の座乗する戦艦大和を中心とした連合艦隊本隊。そこには「瑞鳳」「鳳翔」の2隻の小型空母が含まれてました。また、他に水上機母艦「千歳」「千代田」「日進」もいます。せめて、足の遅い鳳翔は無理でも、「瑞鳳」と水上機母艦1、2隻でも南雲機動部隊に含まれていたら。空母も水上機母艦も、カタログデータの通り艦載機を満載する事はまずありませんが、最低でも偵察機が十数機は南雲機動部隊に増えていたでしょう。たった一段の索敵機しか出さなかったのは何故か?という事に戦後、「空母の艦載機を偵察にさいて攻撃戦力が減るのが惜しかった」という証言があります。
水上機母艦は数百キロ後方をノコノコ進んでくる連合艦隊に付けるよりも、南雲機動部隊にあれば二段索敵など問題なく出来たはずなのに。

日本海軍の上層部が敵空母は出てこない「だろう」、出てきても「勝てないことはないだろう」。そういう慢心、驕りと油断がそもそもの敗因です。

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pf_********さん

2019/11/716:43:14

敵の発見が早ければ勝っていたと思いますが

詳細に調べると

利根機は実際の最大進出線より手前で引き返してい疑いが強く、遅れて発進しているけど、敵発見時刻に大差ない(帰りの行程で発見している)

報告した敵艦の位置が緯度で2度分(120海里遠い)ずれている


という事からすると、発進遅れは影響なかったというのが実際の所じゃないかなと思います。

zer********さん

2019/11/616:33:05

空母群ってのはいないからね
ミッドウェーでは米軍の3空母はバラバラに作戦を行ってた
はっきり言えば泥縄みたいな作戦だったが逆に運がよく全艦の発見を回避できた
日本側の偵察が予定どうりでも全艦の発見はできなかったと思われるので、勝利できるとは思うけど大勝とまではいけない可能性が高い

ミッドウェー作戦自体は成功するだろうが空母及び航空隊に少なからぬ被害は避けられないし、控えるハワイ攻略作戦はもっと難易度が高いのでそこで頓挫すると思う

z_x********さん

2019/11/607:51:22

勝っててもおかしくはないでしょうね。
ただしその後はアメリカの増産体制が整いますので、どちらにせよ日本海軍が壊滅的な大敗をするのは近いですけど。

izu********さん

2019/11/604:47:21

勝利できたと思いますが、太平洋戦争で勝つことはできず、あと半年終戦が遅れれば、むしろ、日本国民の餓死者が増え、原爆をより多く落され、ソ連軍に北海道まで占領される結果に成ります。
山本五十六の狙いは、早期終戦で、その為に、ハワイを奇襲し、ミッドウエー島占領を狙ったのです。

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