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日本の仏教にはなんで、仏陀が言ってもいない阿弥陀如来が登場するんですか?

jce********さん

2019/11/1318:21:32

日本の仏教にはなんで、仏陀が言ってもいない阿弥陀如来が登場するんですか?

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名無しさん

2019/11/1318:25:35

仏陀の死後、部派仏教といって上座部仏教と大乗仏教に分裂したんですが、特に大乗仏教は金儲け主義に走ったので、阿弥陀如来だの極楽浄土と言った嘘をついて信者から金を集める道具にしたのです。

本来の仏陀の教えは「ものごとに執着しないで、できる限り楽しく生きよう」といった非常にシンプルなものでしかありません。
それでは教団にとってはお金になりませんからね。

質問した人からのコメント

2019/11/19 20:21:55

そうなんですか、みなさん、ありがとうございました!

ベストアンサー以外の回答

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por********さん

2019/11/1915:29:09

仏陀といいますが、ゴータマ・ブッダのことですか?

何故かというとゴータマ・ブッダ出現以前にも仏陀は存在したといわれています。

過去七仏がそうです。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%81%8E%E5%8E%BB%E4%B8%83%E4%BB%8F

ゴータマ・ブッダが唯一の仏陀という考え方はないのです。

ですからゴータマ・ブッダ以外の仏の教えがあっても不思議ではありません。

仏陀といいますが、ゴータマ・ブッダのことですか?...

不適切な内容が含まれている可能性があるため、非表示になっています。

投稿内容に関する注意

sam********さん

2019/11/1610:45:12

大乗非仏説が正しいと客観的に立証されたことは一度もありません。
一度でも客観的に立証されればそれは歴史的事実です。
大乗非仏説は主観的な仮説・提案・アイデア・願望に過ぎません。

「赤信号、みんなで渡れば怖くない」とか?多数の人間が渡っていても赤信号は赤信号です。
定説・通説・常識であっても間違いは間違いです、間違いは正すべきです。

「テーラワーダは仏教だ」というのが定説・通説・常識ですが、間違いです。外道のはかない仮説・提案・アイデア・願望に過ぎません。

「テーラワーダは仏教ではない、外道だ」を立証します。200字もあれば充分です。

釈尊から師弟関係を否定された修行者が外道です。釈尊は『ディーガ・ニカーヤ』(『ブッダ最後の旅』岩波文庫 62ページ)で「ビクサンガ」との師弟関係を完全否定しています。「ビクサンガ」は釈尊の言葉を根拠に仏弟子・仏教徒ではなく外道です。
「ビクサンガ」を起源とする集団は「小乗」「南伝」「上座部」「テーラワーダ」等々、呼称が何であれ「ビクサンガ」が外道なんですから外道です。

「テーラワーダは仏教ではない、外道だ」は客観的に正しいと立証された歴史的事実です。

他方国土の現在仏(阿弥陀如来等)の存在を娑婆の凡夫に伝え「他帰依・仏帰依」を説いたのが釈尊です。

法=普遍的真理は普遍ですから当然、無始の過去から存在し『ウパニシャッド』等、外道によって釈尊以前から説かれていたのですから改めて伝える必要などありません。

釈尊が伝える必要があり、釈尊にしか伝えらないのは法=普遍的真理ではなく「現在仏」の存在「一塵中有塵数刹、一一刹有難思仏」(刹=クシェートラ、国土、世界)です。

釈尊が娑婆世界で始めてスタートさせた仏教(他帰依・仏帰依)を釈尊の死と共に外道・法教(自帰依・法帰依)に戻すわけにはいきません。

釈尊が最優先で娑婆に遺さなければならないのは「他帰依・仏帰依」の教え「現在仏信仰」です。

大乗経典にみられるように釈尊は「現在仏信仰」を娑婆の凡夫に伝え、現に浄土教や密教のような形で遺っています。

「日域は釈尊相応の地」だから「阿弥陀如来を信仰」するのです。

hei********さん

2019/11/1401:14:12

幸福会員です。

以下個人的見解ですし、勉強不足なので、
かなり誤りを含んでいる可能性があります。

全然覚えてないので違うかもですが、
幸福の科学的には、
阿弥陀如来とは、
確か、西方のイエスのことだったかな、
と思ってます。

仏教と言っても、
原始仏教から始まって相当な流れがありますからね。

日本における仏教は、
中国を経由して、お経中心の在家向けの
雰囲気だけのもの、みたいな感じなんじゃないでしょうか。

書籍を読み進んでいけば、仏教の中には、
相当いろいろな信仰、思想が詰め込まれてますよね。

tom********さん

2019/11/1320:56:26

高校の倫社の教科書を読み返してごらんなさい。
ゴータマ・シッタルダが説いた人生の真理とは、
生きることは「一切苦」であり、それから脱するためには欲しいものを全部諦める「正諦」の境地に入ること、それが即ち「悟り」だと書いてあります。
食欲性欲睡眠欲なんかは我慢しやすいですし、
名誉欲とか復讐欲とかなんかは我慢するのが当たり前というのが人間世界の掟です。
何から何まであきらめろという教えですが、
どれだけ決心しても最後の最後、
どうしてもこれだけは諦めきれないことがあります。
それは「息をする」ことです。
これを諦めるとざっと30秒ほどで死にます。
「息をすること」が「生きる」ことなんです。
ダジャレか!と思うかもしれませんが、
世界中の民族で日本人だけが人間の真実を喝破しているんです。

なお、普通の人間はこれを諦めることができません。
よし死のう!と決心して息を止めても、たいてい30秒で息をしてしまいます。
ものすごい決心で絶対に息をするもんかと頑張っても、
たいていは気絶してしまって息を止めっぱなしにはできません。

「正諦」は絵にかいた餅です。
自殺するような心境になった人間だけができることです。
自殺しなきゃ全てのことを諦めることができない。
「悟り」とはすべてを諦めることなんですから、
これはもう死ななきゃその境地に達することはできないという理屈です。

さて、阿弥陀如来とか極楽なんか釈迦は語ってないという話ですが、
そもそもゴータマ・シッタルダは生きてる間に悟りなんか開いてません。
つまりゴータマは仏陀なんかにはなっていないということです。
ただ、食中毒で苦しみぬいて死にましたから、
死んだ途端にすべてのものを諦めました。
もちろん「息をすること」もです。
ここから先を説明する必要がありますか?

阿弥陀如来だけが「悟り」をつかさどる仏です。
大日も薬師も観音も地蔵も不動も愛染も、
人間に「息をすること」を諦めさせることはできません。

kar********さん

2019/11/1320:15:29

仏教は、そもそも外国から伝来した宗教で、阿弥陀仏信仰も外国由来です。

阿弥陀仏信仰の起源には、諸説あるようですが、釈迦の死後に興ったことは確かなようです。

そして、阿弥陀仏信仰の根拠となっている経典は、釈迦が説いたものとされているようです。

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