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太宰治『走れメロス』について

sou********さん

2019/11/2915:02:44

太宰治『走れメロス』について

作品の典拠であるとされている『ピュタゴラス伝』の結末は「仲間に入れてほしい」という王の願いを頑なに拒否していますが、『走れメロス』の結末には王の願いに対する彼らの反応は書かれていません。なぜでしょうか?

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2019/11/2919:15:24

当然です。
太宰が『走れメロス』(1940)を書くにあたって典拠にしたのはイアンブリコスの『ピュタゴラス伝』(~AD325)ではなく、シラーの『人質』(1799)だからです。しかも近年の研究によって『人質』原文ではなく、表現の細部にわたって小栗孝則訳の『新編シラー詩抄』(1937)に依拠していることがわかっています。

シチリアの暴君ディオニシウスの逸話を伝える多くの古伝承のなかで、最後に王からの「自分も友情の輪に加えてほしい」との懇願を決して受け入れなかったという結末になっているのは『ピュタゴラス伝』だけです。太宰はもちろんこれを読んでいません。

太宰は『走れメロス』の末尾に「古伝説と、シルレルの詩から」と付言していますが、その「シルレルの詩」とは小栗孝則訳『新編シラー詩抄』所収の「人質」であり、「古伝説」と言っているのはヒュギヌス『説話集(ギリシア神話集というタイトルで講談社学術文庫刊)』(~AD17)257「友情で最も固く結ばれた者たち」の「モエロスとセリヌンティオス」です。が、太宰はヒュギヌスを読んだのではなく、小栗孝則が「人質」の註解に付したヒュギヌスの記事から「メロス」、「セリヌンティウス」という名を思いついたのです。

  • 質問者

    sou********さん

    2019/11/2921:06:27

    回答ありがとうございます。
    杉田英明が最初の伝承の一つとして挙げているものが『ピュタゴラス伝』でしたが、実際は関係ないということでしょうか?

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