ここから本文です

以前質問したのですが、ベストアンサーを付け忘れて消えてしまったのでまた質問さ...

kur********さん

2019/11/2915:29:39

以前質問したのですが、ベストアンサーを付け忘れて消えてしまったのでまた質問させて下さい。

テーラワーダ仏教協会のアルブモッレ.スマナサーラ長老の著書で、オススメの物、これは読んだ

方がいいというような物があれば紹介して欲しいです。

私は仏教初心者です。ほぼ無知なので、わかりやすいものが良いです。

宜しくお願いします。

閲覧数:
51
回答数:
2

違反報告

ベストアンサーに選ばれた回答

sam********さん

2019/11/3018:34:53

スマナサーラさんの仏教は純粋な初期仏教ではありません。仏滅約1000年後のブッダゴーサという学僧の論文「清浄道論」や論「アビダンマ」をベースとしている教えです。
例えば、彼の本の「ブッダの実践心理学 アビダンマ講義シリーズ」は全16巻すべて、その二つの論文のコピーです。スマナサーラさんのオリジナルではありません。図や表までもコピーを掲載しています。
読んでも、不要な概念だらけの内容です。仏陀の初期仏教からドンドン離れていき、何が仏陀の真の教えかが益々分からなくなりますから注意してください。
僕は読んで古本屋に売りました。


僕は、彼の講演聴講、本を読んだり、瞑想実践してきましたが、10年以上過ぎてもやはりまだ「我」や「怒り」が残っていました。

また、肝心な先生でもあるそのスマナサーラさん自身も個人的に接すると怒りがとても強い方なのです。

また昔、鬱病の日本人男子学生2人がスマナサーラさんに二回個人面談して悩みの相談したのです。でも二人とも半年後くらいに自殺してしまいました。

スマナサーラさん自身も時々「怒り」の発言や感情を露わにしたり、質問者に怒りを突発的にぶつけたり、怒鳴ったりしていることから、苦しみから抜けておられないことをはっきりと知りました。

スマナサーラさんから日本語で学べると期待して長く出家して、還俗した日本人も話していましたが、スマナサーラさんはとても怒りの強い方だと話していました。また一切、出家者には説法も瞑想指導もしてくれなかったと話していました。
昔、東京・幡ヶ谷の精舎で出家した女性一人含めて5人ほどいた日本人出家者は現在はもう1人残してみんな還俗してしまいました。ガッカリしたと話していました。

実は、それは僕だけでなく、10年以上、スマナサーラさんからの指導のもとで講演を聞いたり、瞑想実践されていた他の多くの在家の方々も彼を離れて別の指導者へ移っている現状があります

多分、スマナサーラさんは、スリランカの大学などで学んだことの教学を中心に勉強されてきていたのだと思います。現代では日本の大学の文学部インド哲学などの学科卒業生と同じレベルです。スマナサーラさんは、出家者を指導できるレベルに達していないことは確かです。

だからスマナサーラさん自身もスリランカでは満足できずに、日本に留学して道元を学んできました。スリランカ僧たちは、アメリカの大学にも留学している方々が多いです。
現代のスリランカには大昔みたいな初期仏教の教えや瞑想実践方法がほとんど残っていません。

スマナサーラさんの瞑想指導は、ミャンマーのマハシ―長老が戦後、ミヤンマーから僧侶がスリランカに出向いて、スリランカ僧たちに瞑想指導したもので、ミヤンマー生まれのマハシー式瞑想です。

スリランカは歴史的に政治事情などで仏教が数百年の間、消えてしまいました。
戦後、スリランカ政府がミヤンマー政府に頼んで、ミヤンマー僧がスリランカに出向いて、スリランカ僧たちに瞑想指導したのです。だからスマナサーラさんの瞑想もミヤンマーのマハシ―式瞑想です。

そのような背景もあり、ちょうどインドからほとんど仏教が消えてしまったようにスリランカからも仏教が数百年消えてしまいました。そしてスリランカはタイやミヤンマーから仏教を輸入することになったのです。

面白いことに、むしろインドのほんの一部に仏陀の真の教えが「仏教」と名乗らずとも仏陀の教えと同等のことを説いている現地では聖者と呼ばれている方々の教えがインドに残っています。(例は、後述します)

僕も昔、スマナサーラさんの講演会や瞑想会に10年以上参加してきた経験がありますが、だんだん本当のブッダの教えと何か違うのではないか、という思いが強くなりました。
そこで来日はしていない、タイやミャンマーの瞑想方法を調査、研究してきて、「サティ・パッサーナ」(四念処)が正しい仏陀の瞑想方法と納得しました。
そしてスマナサーラさんを離れて僕はもう10年になります。

スマナサーラさんのマハシ―式や法話内容では、苦滅の悟りは無理です。
だから、スマナサーラさんご自身のその怒りの感情が何年経っても消えないのです。
とうとうスマナサーラさんご本人は、遺伝子のせいだから、怒りは消えないものだ、と以前発言(新宿・朝日カルチャーセンターの講義)していました。

もうスマナサーラさんは自分の怒りが消えることを諦めています。だから昔から在家にしか指導していません。結局かれは、来日して30年ちかくなりますが、いまだに在家向けの講演会や初心者向け瞑想指導だけにとどまっています。

本を選ぶのにはさらに別の問題もあります。
一口にテーラーワーダ仏教と言っても、瞑想方法は、国によって、また同じ国でも様々な流派みたいのがあり、瞑想指導の内容が異なります。

テーラワーダ仏教国で、一番歴史的に長く実践されている瞑想方法は、原始経典にもある前記した「サティ・パッサーナ・スッタ(念処経)」の「四念処の観察と洞察」が正しい方法です。
タイ、ミヤンマー、ベトナム、マレーシアではこの「サティ・パッサーナ」(四念処の観察と洞察)が僧侶たちで守られて実践されています。これらの仏教国に結構「サティ・パッサーナ」(四念処の観察と洞察)の実践が現在も残っています。

この「サティ・パッサーナ」(四念処の観察と洞察)の実践は、日本の初期仏教学者の方がスマナサーラさんよりも詳しいです。もう今から100年前、大正時代から、四念処の観察に関する論文も多数の残っています。公開もされています。

私たちは、パーリ語を知っていて、黄褐色の僧衣を着ていて頭を剃っている僧侶は、仏陀の教えを正しく体得した人だろうとの思い込みがちです。ここが落とし穴です。

ミヤンマーやタイやベトナム、マレーシアの在家でもさえもこの「サティ・パッサーナ」(四念処の観察と洞察)の実践に取り組んでいる在家も多いのです。

そして今のヴィパッサナー瞑想やその僧の説法内容は、はやり2500年前のブッダの説いた瞑想や説法内容とかなりズレた内容になっていることに10年ほど前に気が付き、今はテーラワーダ仏教を完全に捨てています。

スマナサーラさんの本はあらゆる本も読みましたが、例えば、彼の「大念処経」(サンガ出版)にしても決定的にまずいのは、仏陀が説いた肝心で要の「中道」を彼は説明していないこと、「無我(非我)」も説明されていないことが大変まずいのです。

だからそういう肝心な部分が欠落しているので、スマナサーラさんの本で推薦できるものはありません。

仏陀の瞑想実践に関する本をお探しならば、原始経典の中部経典の第10番念処経「サテイ・パッサーナ・スッタ(念処経)」を読まれることをお薦めします。
大型書店の専門書売り場で一度見てみてください。やや高額なので、一般公開している大學図書館、大きい公営図書館などで蔵書があれば春秋社発行版では、16ページですので、100円程度でコピーできます。これが一番最初に読むべき経典です。平易な日本語で、高校1年生でも理解できる内容です。

「サテイ・パッサーナ」(念処経)はその「痴」(無知)を解消していく「観察と洞察」なのです。これが仏陀の瞑想です

まずは、身・受・心・法という四念処の「観察」を長く続けていけば智慧(無常と無我)の洞察が得られるでしょう。仕事でも家庭でも自分の心身を観察するのです。
本や話を聞いたことの思考では仏陀の教えを絶対体得できません。ここだけは忘れないでくださいね。

インドと深い交流のあった英国人リス・ディヴィスという仏教学者がそのパーリ語の「サティ・パッサーナ」を「マインドフルネス」と150年ほど前に英訳表現してから、世界的に「マインドフルネス」が既に150年前から普及してきています。

上に書いた「中道」というのは、「生」と「死」などの二元性を超えるところにあるのです。非二元性です。

ちょっと奇妙に感じるかも知れませんが、僕は、ここ10年間は、原始経典のほかに、インドのラマナ・マハルシやニサルガダッタマララジ、およびそれらの人々のその弟子たちの本やYouTube、リック・リンチツ氏の「あなも私もいない」、ダリル・ベイリー「ファンタジーの終焉」、クリシュナムーティ「自我の終焉」などなど、これらをアマゾンやGoogle検索で概要や書評を読んでみてください。あと、パパジ、ムージなどのインド系の教えを日本語字幕で読める法話もありますので、検索してみてください。

後は、日本人だったら、梶山雄一や宮本啓一などの仏教学者の本です。

◎◎ Kur***さん曰く、
「私は仏教初心者です。ほぼ無知なので、わかりやすいものが良いです。」◎◎

と書かれていますので、上記のインド系の本や人名をYouTubeやGoogleで是非検索してみてください。あるいは大型書店の精神世界とかスピリチュアル系分野の書棚で立ち読みしてみてください。

多数のインド、北米、欧州の仏教などを広くそして長く考察、実践されてきた方々が説く「気づき」をベースにした「非二元性」「ワンネス」「ダイレクトパス」などの自己観察が本当の観察瞑想だと、理解しています。

そうしないと、エライ遠回りをして仏教を学ぶことになりますので、その指導者の評判や人気などでは判断せずに、著者を選ぶ必要があります。

後は、XXX仏教とかの名称に拘らずに、前記のインド系欧州・北米などのスピリチュアルの教えなども含めて、苦しみを抜くためには、私達が何かを誤解して生きていることに気づかねばなりません。

幻想という夢のなかで私達は生きていることを自分自身の心身を観察して破っていくのです。
思考や考えて破るのではなく、あくまでも自己観察を実践して幻想から脱出するのです。
それが目覚め(悟り)です。

質問した人からのコメント

2019/12/5 16:23:13

ご丁寧に、ありがとうございました。

ベストアンサー以外の回答

1〜1件/1件中

kar********さん

2019/11/3008:11:22

スマナサーラ長老が、自分が書いた本の中で読んでほしいと思う一番のものは、無価値論である、と言ったのを聞いた記憶があります。

仏教の無価値論、というタイトルで売ってるようです。

ただし、自分が書いた本の中では、人気がないとも言ってました。

実は、私も読んでません。

テーラワーダのサイトに関連した記事がありましたので紹介します。

https://j-theravada.net/dhamma/q&a/gimon102/

あわせて知りたい

みんなで作る知恵袋 悩みや疑問、なんでも気軽にきいちゃおう!

Q&Aをキーワードで検索:

Yahoo! JAPANは、回答に記載された内容の信ぴょう性、正確性を保証しておりません。
お客様自身の責任と判断で、ご利用ください。
本文はここまでです このページの先頭へ

「追加する」ボタンを押してください。

閉じる

※知恵コレクションに追加された質問は選択されたID/ニックネームのMy知恵袋で確認できます。

不適切な投稿でないことを報告しました。

閉じる