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真田幸村の娘の阿梅は、片倉重長の正室の指月院に大変気に入られていたそうですが...

yas********さん

2020/1/1500:00:03

真田幸村の娘の阿梅は、片倉重長の正室の指月院に大変気に入られていたそうですが、疑問があります。
指月院は江戸屋敷に住んでいて、阿梅は白石城で暮らしていたと思うのですが、彼女たちに接

点ってあったのでしょうか?
後世の創作ですかね?

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ベストアンサーに選ばれた回答

2020/1/1506:33:52

阿梅は、大坂の陣後に乱取りされて片桐家の侍女として働かされた、という説があるようで、後日、真田氏の旧臣・三井豊前が片倉家を訪れ、阿梅が真田幸村の娘であることを伝えたという記録が残っているようですが、私としては、やはり最初から幸村の娘と知っていてかくまったという説に賛成したいと思います。

敵将である真田幸村の娘の阿梅を匿っていると知られると、徳川家康から咎められる恐れがあるため極秘裏に阿梅をかくまったと思います。そうなると江戸幕府のお膝元より、当然白石城のほうが安全だと思われます。

遠く離れた江戸と白石なのに、指月院が阿梅を気に入っていたという説は疑問に思います。片倉重長が阿梅の出自や性格、美顔などを気に入って後妻に迎えたということのほうが自然で、後日、指月院の美談にすり替わったのでは?と推察します。

(むしろ、指月院の記録(生年月日、お墓など)が見当たらないことの方が不思議だと思います。)

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ベストアンサー以外の回答

1〜1件/1件中

編集あり2020/1/1503:55:11

たかが家来の奥さんがなんで江戸にいんの?

意味わからんわ。こんな人ばっかりなん?このカテゴリー。

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