ここから本文です

日本史、秩禄処分について。

アバター

ID非公開さん

2020/5/2020:10:38

日本史、秩禄処分について。

新政府が樹立されて少し、士族による反乱があったと聞きました。

廃刀令や秩禄処分が主な原因と教わりました。

この秩禄処分についてですが、
廃藩置県で藩が無くなり、藩の収穫から支給を得ていた士族(藩主)は支給源が無くなったので新政府から支給されていた。
しかし財政苦の為、支給を廃止した。

とザックリならいました。
具体的に知りたいのですが、
財政苦についてと、
その為に行ったのが減給ではなくなぜ廃止なのか。

廃止すれば必ず反感を買い、反乱が起きるのは目に見えてると思うのですが…。

士族を滅ぼす為ですか?

閲覧数:
21
回答数:
3

違反報告

回答

1〜3件/3件中

並び替え:回答日時の
新しい順
|古い順

yam********さん

2020/5/2021:21:34

秩禄処分は、ある日突然に給与(秩禄)を廃止したのではなく、最初は受給権放棄希望者に数年分の現金を支給する制度をとりました。いわば、退職金を用意して、退職希望者を募ったわけです(1873~75年)。
しかし、募集に応じる人が政府の予定よりもはるかに少数であったため、10年分前後の債券(「金禄公債証書」:政府があなた(=士族)にお金を借りています、という証明書のようなもの)を発行して、給与(秩禄)の支給を停止しました(1876年)。
その後は、毎年抽選で債券を現金化できる士族を決定し、当選するまでは債券を持つ士族に金利を支払うということにしました(このシステムは30年続き、最後に債券が現金ができた人は1906年まで待たされました)。

この間に、現金化できた人はそのお金を元手に商売をしたり、別の仕事を探したりするように勧めました。北海道に「屯田兵」として、開拓民兼兵隊となる人も募集しました。また、抽選に当たらず、債券の現金化を待てない士族は、債券を売って(当然に額は減ります)、仕事を探したり、商売に手を出す者も現れました。
結局、多くの士族は商売で失敗したり、思うように就職できなくて没落していきます。

結果的には士族の反感をかって反乱が続発するのは質問者さんのご指摘通りですが、あっさりと給与(秩禄)を廃止したのではなく、明治政府としてもそれなりの対策・対応はとっていたわけです。失敗しましたが。

riri2525さん

2020/5/2020:42:40

もう士族はいらない時代をめざしていたからです。反乱や一揆が起こっても鎮圧できる軍隊ができていたからでしょう。

プロフィール画像

カテゴリマスター

edo********さん

2020/5/2020:41:31

武士の階級をなくしたのだからいつまでも秩禄を支給するほうがおかしいでしょう。秩禄処分によって真の四民平等になるということです。

この質問につけられたタグ

みんなで作る知恵袋 悩みや疑問、なんでも気軽にきいちゃおう!

Q&Aをキーワードで検索:

Yahoo! JAPANは、回答に記載された内容の信ぴょう性、正確性を保証しておりません。
お客様自身の責任と判断で、ご利用ください。
本文はここまでです このページの先頭へ

「追加する」ボタンを押してください。

閉じる

※知恵コレクションに追加された質問は選択されたID/ニックネームのMy知恵袋で確認できます。

不適切な投稿でないことを報告しました。

閉じる