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ムーンライトながらは走るスラム街と呼ばれていますが、全盛期の夜行列車も走るス...

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ID非公開さん

2020/6/318:43:58

ムーンライトながらは走るスラム街と呼ばれていますが、全盛期の夜行列車も走るスラム街だったんですか?

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ベストアンサーに選ばれた回答

でででさん

2020/6/321:55:33

ながらの前身、143レ〜143M〜345Mの時代だと…
マル救で乗っている客がいるとか
ホームレスが静岡折り返しかまそうとするとか
家出人がetc
で、公安の警乗はそれなりに見かけたな。

山陰とながさき、からまつくらいしか普通は無くてあとは急行だったのでスラム街ってほど客層は悪くはなり得なかった。

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カテゴリマスター

編集あり2020/6/406:49:26

ながらがスラム街と呼ばれるのは、スラム街に住むような方々が一晩の宿として使うために入場券だけを買って、東京・横浜ー沼津間で折り返し乗車をしていたからです。
追加料金が無くて往復乗車できる夜行列車が存在すること。
大都市で無いとスラム街はできませんからその他の路線ではなかなか有りません。

ss1********さん

2020/6/323:15:41

20系客車は『走るホテル』と揶揄されるくらいに豪華でしたよ。

ブルートレインも全盛期の夜行列車のひとつです。

その頃はワイド周遊券やミニ周遊券があれば急行の自由席は追加料金なしに乗車できましたので、上野⇄東北や東京⇄九州、関西⇄九州などの夜行急行の乗客から見れば、ブルートレインは高嶺の花でしたけどね。

tc3********さん

2020/6/321:00:34

そんなこと、なかったな。
普通列車や急行の夜行も乗ったが、そんな雰囲気じゃなかった。
こだわって、乗ってた人が多かった。 100万のロレックスしたおっさんとかいたもんな。
ながらだけじゃないの?

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カテゴリマスター

2020/6/320:49:55

昭和の自由席夜行は通路に新聞敷いて寝るような人がいて、スラム街のような雰囲気と言えなくもなかったですね。

2020/6/320:36:16

今のように新幹線や高速道路、空港整備計画が出来ていなかった頃は、国内の長距離輸送は国鉄の独壇場でした。
特急列車は、本当の「特別」な急行列車で贅沢な乗り物で、全車指定が当たり前たったのです。
だから、事由主体の長距離急行列車が沢山運転されてました。
こちらは自由席主体でしたから、繁忙期には、椅子取りゲームにあぶれた人は床に新聞紙を敷いて座るのは当たり前でした。

青函トンネルが開業した年の夏休みの急行「はまなす」はそんな感じだったな。

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