中世後期のヨーロッパやイスラム黄金時代の中東やペルシアではギリシャやローマの学問を学んで、新たな学説を発見していきました。ギリシャやローマの歴史もそこで学ばれました。

中世後期のヨーロッパやイスラム黄金時代の中東やペルシアではギリシャやローマの学問を学んで、新たな学説を発見していきました。ギリシャやローマの歴史もそこで学ばれました。 では、オリエント世界はアレクサンドロス大王の遠征やローマ帝国の占領以前のメソポタミアの歴史(バビロニア王朝やシュメールなど)の記録は中世イスラムの文献などには残っているのですか?また、消滅したとしたらいつ頃消滅したのですか?

世界史 | 一般教養22閲覧

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アレクサンドロス以前のオリエント世界の文献は、石碑、当時の楔形文字で記された粘土板とギリシャ側の文献があります。 ベロッソスの「バビロニア誌」やクニドスの「ペルシア史」などです。 他にも幾人か著者がいますが、それらは散逸し、断片的な文が別の著者の本に引用され記されているだけです。 オリエントの文献が失われた事例で最も有名なのはアレクサンドリアの大火事です。 カエサルがエジプトに入城し、クレオパトラと親密になることを阻止しようとした勢力が市内で蜂起し、激しい市街戦となった。 その際、軍船を奪われることを恐れたカエサルが自ら船を燃やし、漂流した船の火が大図書館に燃え移って、オリエントの頭脳と言われた貴重な文書類が全滅したと言われます。 (ばつが悪かったのか、カエサルは「内乱記」でも「エジプト記」でもそのことに一切触れていません) ちなみに今でもその遺構は残っており、炭化した書籍の灰から文字を読み取る努力が数世紀に渡って続けられ、近年の技術の向上で部分的には成功しています。 もう一つはイスラムによる焚書です。 彼らが古代文献を燃やし尽くしたのは有名な話で、長い時間をかけて残らず焼き尽くしてしまいました。