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中日友好纪念:唐赤山法华院与日本円仁「慈覚大師」有着深挚的历史因缘。

李君さん

2020/7/1120:09:57

中日友好纪念:唐赤山法华院与日本円仁「慈覚大師」有着深挚的历史因缘。

公元八三八年,円仁大師随遣唐使船航至扬州,欲入唐求法,未获准允,翌年秋,円仁自扬州返回途中漂至赤山浦(今石岛湾)滞留法华院,得到当地官吏与僧俗的帮助,得以西去五台山、长安等地求法巡礼,公元八四七年从此院离唐归国。为铭记历史,共续中日友谊,在円仁大師誕生地壬生寺的募集组织下,日本前任驻华大使阿南惟茂带领日中友好壬生寺円仁太鼓訪中团于2008年3月28日踏访遗址,共同纪念円入唐求法1169周年。この文章を日本語で翻訳して欲しいです、宜しくお願いします。

日本前任驻华大使,公元,未获准允,今石岛湾,円仁大師随遣唐使船,円仁大師,仏法

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ベストアンサーに選ばれた回答

fwo********さん

2020/7/1219:57:10

中日友好纪念:唐赤山法华院与日本円仁「慈覚大師」有着深挚的历史因缘。
公元八三八年,円仁大師随遣唐使船航至扬州,欲入唐求法,未获准允,翌年秋,円仁自扬州返回途中漂至赤山浦(今石岛湾)滞留法华院,得到当地官吏与僧俗的帮助,得以西去五台山、长安等地求法巡礼,公元八四七年从此院离唐归国。为铭记历史,共续中日友谊,在円仁大師誕生地壬生寺的募集组织下,日本前任驻华大使阿南惟茂带领日中友好壬生寺円仁太鼓訪中团于2008年3月28日踏访遗址,共同纪念円入唐求法1169周年。

中日友好記念:唐の赤山法華院と日本の円仁慈覚大師は、歴史の深い縁 (えにし)があります。
紀元838年、円仁大師は、遣唐使船に随行して揚州へ渡りました。唐に入り仏法を求めるためでしたが(天台山に上り仏法を学ぶためでしたが)、皇帝の許可を得ることができませんでした。
翌年の秋、円仁は揚州から帰国する途中で赤山浦(現在の山東省の石島湾)に漂着し、赤山法華院に滞在します。地元の官吏や僧侶と庶民の助けを得て西へ向かい、仏法を求めて五台山、長安などの地を巡り、847年に法華院から唐を離れ、帰国しました。その歴史を銘記し、中日友好を継続するため、円仁大師の生誕の地である壬生寺の募集と組織の下(もと)、2008年3月28日に日本の阿南惟茂前駐中国大使が、日中友好壬生寺円仁太鼓訪中団を率いて大師ゆかりの地を訪れ、円仁入唐求法1169周年を記念しました。

文章は、途中で適当に区切っています。

>唐に入り仏法を求めるためでしたが(or天台山に上り仏法を学ぶためでしたが)
適当な方を選んでください。

個人的な感想ですが、李さんがある程度中国語の文章を日本語訳して、日本語カテで直してもらっても良いかもしれません。日本語カテはそれほど過疎化していないので、回答してくれる日本人も中国語カテより多いかもしれません。

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質問した人からのコメント

2020/7/13 11:07:19

助かりました、ありがとうございます。
谢谢您的翻译,非常感谢您。

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