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2020/7/15 16:27

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歴代天皇の名前に『後○○天皇』のように付けている人がいますが、あれは何でですか? あの名前って死んだ後に付けられる名前ですよね? じゃあ天皇本人ではなくて後世の誰かが付けたってことですよね?

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天皇には名前がありません。 今上陛下が呼び名、古くは当今の帝とか言います。 懐仁(一条天皇)とかいう名前は諱(忌み名)であって尊属しかそう呼べません。 ○○天皇というのは漢風諡号。 諡号は次代天皇が先代に捧げる形態で、先代の功績や徳を偲んだ尊称の意味合い。 本来、そうあるべき伝統だったが平安初期に一旦廃れ、鎌倉時代前期に過去の諡号を持たない天皇に対して追号という形で一斉に追贈された。 それでほぼ全ての天皇に対して漢風諡号が付いた。 実は○○天皇という呼び方は明治以降で、本来は○○院と呼んでいた。 退位後(まれに崩御後)に贈られるから院と称して疑問はない。 天皇は現人神(あらひとがみ)なので個人ではなく(人でもなく)、個人の識別としての名前は持たないです。 歴代、即位により高御座に登壇するごとに天皇尊(あめのすめら(ぎの)みこと)という神の名を襲名するのです。 高天原の天照大御神が座するのが天つ高御座、その地上への投影として天皇の座す高御座(即位礼の行われる大極殿または紫宸殿に置かれた玉座)という関係。 天つ日嗣(あまつひつぎ)と呼ばれるように、太陽が沈んで再び揚がるように継いでいく。 代を下ろうと、天皇は天照大御神の直接の御子神、即位のたびに高天原から天降る存在。 という事で現役を退くまで個人をさす名前は付かない。

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そういうのを「加後号」と言います。 皇位の正統性を主張する為のものや、お手本とした天皇の諡号にあやかったものなど様々です。

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諡号です。 亡くなった天皇経験者に現役の天皇と廷臣が相談して決めます。 たいていは退位後に御所を構えた地名や陵墓の地名が付けられることが多く、ダブルと「後」が付けられるのです。 江戸時代になると、異名に後を付けること多くなります。 後水尾は清和の異名である水尾に因むもので、本人の生前の希望によるものです。 さらに後水尾は、不仲だった父帝に悪意を込めて暴君として有名な陽成に因んだ後陽成という諡号を贈りました。

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順番に説明していきます。 ①天皇の名前は、本人が亡くなった後につけることになっています。難しい言い方だとこういうスタイルの名前の付け方を「諡号(しごう)」とか「諡(おくりな)」とか呼ぶんですけど、まあ、それは置いといていいと思います。 ちなみに、後世じゃなくて亡くなってすぐにみんなで話し合って名前を決める感じです。 ②天皇の名前でアタマに「後」がつくのは、それは死語に名前を付ける会議をしているときに「この人って、あの天皇に似てたよね。」という話になったときにつけられます。たとえば、後嵯峨天皇という人がいますが、この人は生きている間の政治の感じが昔の嵯峨天皇に似ていたということになって、だから後嵯峨天皇という名前に決まりました。後白河天皇にしろ、後鳥羽天皇にしろ、後光厳天皇にしろ、まあだいたいこのパターンです。 ちなみに、1人だけ例外がありまして、それは、日本史の中では有名な後醍醐天皇です。この人は、生きているうちに自分で「オレの諡号は後醍醐にする。」と決めてしまいました。生きているうちに決めるのは異例だし、自分で決めるのも異例です。 理由は、まあ単純に言って、醍醐天皇という人のことを理想の天皇だと思っていたからです。野球少年が「オレは大谷二世だ。」と宣言したり、サッカー少年が「オレは久保二世だ。」と宣言するような感じです。

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教科書に載っているような天皇の名前は「諡(おくりな)」と呼ばれます。 諡は贈り名であり、死後に遺された朝廷の諸臣や後継となる天皇が決定します。 中国の皇帝などの諡は先代の治績を評価して決められますが、これと同じ方式を取っていたのは平安時代の光孝天皇まで、それ以降はいわゆる「追号」という形式になります。 「追号」はごく簡単に言ってしまうと天皇の住所です。 生前に御所を構えた場所やゆかりの場所、葬られた御陵の場所を取り、例えば譲位後に宇多の地に住まいを構えたのであれば「宇多天皇」というようになります。 ただし、広さに限りのある平安京の中のことですので、親子で同じ場所を使った天皇や、時代が離れても同じ場所を使った天皇が現れます。 そこで、鳥羽殿を使った天皇が「鳥羽天皇」であれば、その後に鳥羽殿に居を構えた天皇は"後"を冠して「後鳥羽天皇」などというようになります。 何の地名をあてるかは基本的に諡なので、次代の天皇以下が相談して決めますが、「遺諡」と言って遺言で諡を指定して亡くなる天皇もいました。 特殊な例では、醍醐天皇の治世にあこがれていた後醍醐天皇は生前から自分で後醍醐と名乗っていました。