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目的と手段、原因と結果 これらの概念は密接に絡み合っていることは分かるのです...

fal********さん

2009/2/602:48:01

目的と手段、原因と結果
これらの概念は密接に絡み合っていることは分かるのですが、どのように絡み合っているのかを整然と説明しようと思うと意外と難しいように思います。

どのような切り口で整理すると、整然とした説明になるか、ご意見下さい。

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ベストアンサーに選ばれた回答

nyt********さん

2009/2/603:46:33

とりあえず、目的-手段と原因-結果はそれぞれ一連の系列を成しているように見えます。

目的に対して、その目的を実現するための手段がある。そしてその手段を実現するための手段がある。このときはじめのほうの手段は目的と見なされている。以下続く。というように。

原因-結果だと、何かが起き、それが原因となって起きた結果が何かの原因となり...。
あるいは認識論的には方向を逆転することも、何かがあり、それはある原因の結果であり、その原因は何かの結果であり...。

他方で、この二種の系列が互いに関係を持つかは定かではありません。
ある目的に対し、それを実現するための手段が原因となって、その結果として所定の目的を達するということは実際にあります。
例えば発話。
Aと伝えたいから、それに適した手段としてBという表現(+発話方法)を選ぶ。その発話が原因となって、聞き手に一定の結果を及ぼす。そしてこの目的と結果が多くの場合に一致しているからこそ、言語的コミュニケーションが成り立っている、と。
けれど、目的を満たすためにある手段を取ることが、因果関係を含意しない例もあります。
犬を飼うという目的のために、ポメラニアンを飼うという手段を取った。この場合、ポメラニアンを飼うことは犬を飼うことの原因ではなく、犬を飼うということそのもの(具体化)だと思われます。

けれども一部の事例では、目的が手段を引き起こし、その手段が原因となってもとの目的が実現されるということは確かにありえそうです。



だらだら語ってしまいました。
切り口としては、目的-手段、原因-結果がとりあえず対概念なので、この関係を記述するのが先決でしょう。
そのうえで、目的と結果、手段と原因を対応付けたらいいと思います。

質問した人からのコメント

2009/2/8 02:38:29

成功 皆様、ありがとうございました。nyt_mikiさんが最も論理が整理されていると思ったのでBAとさせていただきますが、他の方の意見もとても参考になりました。手段を選択する前から目的が存在しないことがある、とか、目的の選定自体が原因となるケース、など斬新でした。

ベストアンサー以外の回答

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kum********さん

2009/2/703:32:19

人間は目標を設定し、手段を選択することで行動します。
手段を原因として目標とする結果が出れば成功です。

例えば、「いい大学に入る」という目標を設定した後、「予備校で勉強する」などの手段を選択することになりますが、「予備校で勉強する」という手段を原因として、「いい大学に入る」という結果が出れば成功です。

原因と手段、結果と目標がそれぞれに対応しているのです。

目的は手段に付属するものです。
「予備校で勉強する目的」、「いい大学に入る目的」、というように、手段に付属して目的があるのです。
手段を選択する前から目的が存在するわけではありません。例えば、予備校で勉強する目的が、「お金」だったらおかしいでしょう。

「手段があって目的がある」のであって、目的があって手段があるのではありません。
「目標があって手段がある」のです。

法則の側から見ると、「原因があって結果がある」、「手段があって目的がある」。
人間の目から見ると、「目標を設定して手段を選択する」、「結果を得るために原因を作る」ということになります。

law********さん

2009/2/621:29:13

人を殺す目的でナイフで殺害する手段をかんがえた私、結果使ったナイフが原因で捕まる

lid********さん

2009/2/610:23:25

簡単にまとめると、『原因(=目的定立)→(手段)→結果(=目的の実現)』
ある目的(原因であり、実現したい結果)を立てて、それを実現させる手段(=実際の行為遂行)が帰結する(結果)。

で、肝心なのは、手段目的関係は行為遂行的だということです。手段も、目的定立も行為遂行です。原因と結果は必ずしもそこに行為がなくても構いません。
誤りを恐れず簡単に言うと、手段目的関係は人間のもの、原因結果関係は人間だけのものではないということです。

で、目的をアリストテレス的に考えると神を認めざるをえません。

woo********さん

編集あり2009/2/607:13:42

「目的」を達成させるためには「手段」を選ばない!となると「手段」のほうが陰湿で策略めいた考えで実行されてしまう。周囲に迷惑をどうかけようがお構いなし!とか。「目的」が周囲の協力なしに達成できない場合は「手段」は地道に誠意が尽くされたもので実行されないと達成できない。「目的」を達成させる場合、それが「独断」でできるものなのか「(周りからの)協力」に拠るものなのかで達成度(完成度)が決まってしまうでしょう!自分が行動を起こす前におこしたあとどうなるのか事前に予見できる場合、行動を起こす「原因」が自分で理解できているので「結果」は間違って生じることは少ない。事前に予見できない場合は行動開始後、行方がどうなるかわからないので「結果」は間違ったものになる可能性が高い。行動を起こす場合の内容の程度に左右されるものと思いますが!「結果」がすべてだという考えに沿って言えば、あなたが世間の人が驚嘆するような「結果」(発明の内容に近いが)を出そうという気概がある人なのであれば、無残な「結果」の繰り返しで終わるのも覚悟して自分が行動する前からわからず納得いかない「原因」とも前向きに向き合わないといかんでしょう!数多くの「失敗」なしには上出来の「結果」は得られないですからね!

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aaj********さん

2009/2/603:16:26

最終的に決まっている自分の理想項目が「目的」、それを達成しようとする方法が「手段」。
現在そうなっている良くも悪くもある状況が「結果」、そうなった理由が「原因」。

なので「原因」があって「結果」がでます。「目的」がないと「手段」はありません。受動的と能動的な概念ですね。

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