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2020/7/27 21:55

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戦艦大和の船内で、乗員が寝る部屋にはベッドやエアコンが完備されていましたか?

戦艦大和の船内で、乗員が寝る部屋にはベッドやエアコンが完備されていましたか?

歴史 | ミリタリー63閲覧

回答(6件)

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大砲の弾も熱で暴発しないためにダイキン工業製のエアコンを装備していた

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良く言われる言い方ですが、良く言えば「素人騙しの誤解」であり、悪く言えば「質の悪いデマ」に近い話です。 この話の基本には、「軍艦の居住性はあまり良くない」というそもそもの話を知らない層が、皮肉もわからない、というレベルの話だと思います。 お判りでしょうが、「軍艦」というのは「鋼鉄の塊」です、そしてご存知のように「鉄」は「熱伝導率」が結構よい金属なんです。 これは「小型メカ」なら放熱してしまう可能性もありますが、「大型メカ」になると中心部に熱が溜まり、周囲に断熱もしにくい、という環境になる訳です。 「大型メカは熱処理が課題」というのは、もはや「SF」から「異世界モノ」までお約束でしょう? 「大和」もそうなんです、4万トン級の「長門」までは「通常換気」でなんとか排熱できたのが、7万トンの「大和」ともなると、「冷却システム」を導入せざるを得なかった、つまりは「快適のため」というより「不快解消のため」のメカなんです。 特に「大和型」は、日本が「南洋諸島」の委任統治を確保した後に設計された初めての「戦艦」でしたから、赤道付近の「南洋」での作戦を始めて意識した艦とも言えます。 それでも、伝えられる「設計基準」では、「外気温33度」の状態で、「居住区38度、機械室で43度を維持すること」ですよ?! こんな「ホテル」がありますか? 確かに、「大和」には、「待機期間」の長さから「大和ホテル」と言われたのは事実です。 でも、これは当時、満州にあった有名な高級ホテルの名前だったし、占領地の欧米系ホテルなどもこう呼ばれたことからの引用で、当時の現状から見れば、「皮肉」に近いとも思える表現です。 そもそも、「日本海軍艦」は、あまり長距離作戦を想定していない、「近距離迎撃型」なんで、総じて「居住性」は良くないんです。 有名な、イギリスに招待された「重巡足柄」を見学した英新聞記者が「これに比べるとイギリス艦は”客船”だ」と言った話があります、もちろんこれも皮肉で、別記事では「飢えたオオカミ」と書かれています。 そういう艦に比べると、「大和」は艦も広いし明るかった(初めて蛍光灯が採用された)ので、評判が良かった、特に、「弾薬庫」の高温化を防ぐ為には「換気」では能力不足だったんで、「エアコン」を使わざるを得なかったんです。 でも、「戦闘時」にこの恩恵を受けるのは、弾薬庫の隣にある「発令所」くらいのもので、ここは通常レベルで「27度」に保たれていたそうです。 それでも、「大和」はどのように沈んだか?弾薬庫の過熱で、「爆沈」したんです。 この「エアコン」を、単に「通常時」に、「中甲板」の、しかも「煙路」周辺の「居住区」の冷却に流用することができただけです。 この区画は、大和の主要部を守る「水平装甲」の上の部分で、特に煙路の周辺は、有名な煙突内を守る「蜂の巣装甲板」に直結しているため、夏などは居住区でも「裸足で歩けないほど」加熱したそうで、これを上記の「38度」レベルに保つために導入されただけです。 それでも、「大和艦内」では、やはり「熱中症」は多発したそうです、そりゃそうでしょう。 ともかく、「エアコン」の冷却範囲は、本来は「バイタルパート内」のみであり、余裕がある時には、パート外の「中甲板煙路周辺」にも回せるだけです。 ここは、基本的に「兵員居住区」であり「士官室」もいくらかある程度です。 逆に言えば、例えば「高級士官居住区」は1階上の「上甲板外周部」にあるので、エアコンは使えないエリアです。 ちなみに、ベッドは、「大型艦」ほど内部空間には余裕ができますから、採用されたのは有名ですが、後に、かなりの部分が「ハンモック」に改められています。 これは、「兵装改修」が何度も行われたためで、そもそも、「余裕区画」は「非装甲部」の艦の前後部分に多く、「不要不急設備」の多くはこうした部分にありますが、艦橋周辺は余裕も少なく、しかも「艦橋要員居住区」をそう遠くにはできません。 これは、かっては、「艦長室」なんかも艦尾にある戦艦もあったんですが、「対空戦闘」なんかも増えてくると問題が多い訳で、特に増設対空砲要員の待機場の確保の必要もあったからです。 ともかく、「エアコン」「ベッド」の話は、「ラムネ製造機」なんかの話と同様で、良く知らない人を中心に、「デマ」が広がっている傾向が強いです。 確かに、「大和型」は、「日本海軍艦」としては居住性は悪くなかったと言われていますが、基準が言ってしまえば「劣悪」とも言えるだけ、それも良くなかった一番の原因である「余裕空間が少ない」という部分が「少なかった」だけです。 だから、マトモな本などでは、「大和は涼しかった」とは絶対に書いていない、せいぜい「湿度が低めで過ごしやすかった」とある程度です。 一応書いておきますと、日本海軍の「軍艦」(つまり軽巡以上)で、「ラムネ製造機」を積んでいなかった艦は無いでしょう。 それを「大和ではラムネが飲めた」と喜ぶレベルの人たちが同じように騒いでいるだけです。 ともかく、「大和」は、当時は「極秘艦」だった訳で、米軍が「46センチ砲」を最終確認できたのが、なんと「戦後」だという艦なんです。 日本人にとっても、戦後、逆転して「大和なら知っているけれど…」という感じになりましたが、「レイテ」の時でも、第二艦隊の砲科将校でさえ46センチ砲を知らなかったというくらいで、ましてやクーラーの細かい話なんて、乗組員も良くわからない、そこに無責任な会話が混じり込んでいるって話なんです。

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寝台完備でしたが 少尉候補生が乗り組むと「若い内は苦労しろ」と ハンモックを使わせたり 機銃を増設して 乗組員の定員が増えると 寝台が足らなくなり ハンモックで寝てました。 エアコンも 全居住区全ては賄えず 士官室と 中央の煙突付近に限られ、他の居住区は 通常の送風のみでした。