論破について よくネット上で「はい論破」ということを拝見いたします。 「論破」をしなければならない職業の方にとっては仕事であり論破することが必要になる場合もあります。

論破について よくネット上で「はい論破」ということを拝見いたします。 「論破」をしなければならない職業の方にとっては仕事であり論破することが必要になる場合もあります。 議論の場に立つことが多い職業の方でしたら、よく使う方もいらっしゃるかもしれません。しかしネット上で「はい論破」には少なからず得意げなニュアンスを含んでいるような気がします。 先日、論破することより相手をどのように納得させるかという方が難しいんだと愚息が言っており「なるほど」と思いました。 論破して得られるものとは何でしょうか? 論破する人の心理は何かというものを探しましたところ 以下のようなことが述べられていました。 <自分を過大評価している> 論破する人は、基本的に自分を過大評価する傾向が強いです。「自分はデキる」「自分には才能がある」などと思い込み、それ以上の努力をしないのです。 つまり、「今の自分で完璧」と思っているので、相手の意見を受け入れることができません。 また、自分の意見を否定されると、すごい剣幕で相手を攻撃しはじめます。絶対に口喧嘩では負けたくないので、論破するというよりも、迫力や威圧感で勝とうとします。 <自己中心的> 論破する人は、自己中心的な考え方をしているのが特徴です。今まで人間関係で苦労してきた経験があるはずなのに、それはすべて相手が悪いと思っているのです。 だから、自分の性格は変えようとはしません。変える必要がないと思っているのです <自分の非を認めない> 論破する人は、何かミスをしたときでも自分の非を認めないのが特徴です。そんなときに出てくる言葉のほとんどは「言い訳」。 「だって」「でも」などの言葉が出てきたら、言い訳していると考えて良いでしょう。 <人の話を聞かない> 論破する人は、人の話を聞かないのも特徴の1つ。論破する人は、人の話を聞くよりも、自分の話を聞いてほしい人が多いんです。 しかも、人の話を聞くことは、自分が下の立場になっていると考えるため、論破する人からすると耐えられないのです。 だから、人のアドバイスを聞くなんてことは、絶対にできません。 <間違っても謝らない> 論破する人は、自分の非を認めないこともさることながら、絶対に謝らない傾向が強いです。人はミスをすれば謝るのが普通です。 そして、そこから改善して成長していくのです。 しかし、論破する人は現在の自分が完璧だと思っているので、成長する伸びしろはありません。 つまり、「自分は間違ってないんだから、謝る必要なんてない」と思っているので、これ以上成長することはできないのです。 <論破する人の会話の特徴> 一見正当な主張をしているように見えるものの、よく考えてみると論理に穴があることも多いです。そうなってしまう理由は、自分の意見を主張することよりも、相手に反論することしか考えていないからです。論破する人は、人が何か意見を言うと、「それって、どういう意味ですか?」「なぜ、そう言い切れるんですか?」などと反論してきます。論破する人は、人の意見に反論することはできても、その理由や根拠を論理的に説明することができません。つまり、本当は論理的ではないのです。そのため、話し合いが結論に達しないで終わってしまうことが多くなります 前置きが長くなりましたが ネット上で「論破する」という方にお聞きしたいです。 「論破」して「論破」した相手と話し合いが結論に達し、相手を納得させられたと感じましたか? 「論破」した後、どのような気持ちになりましたか? 自分がした「論破」でその理由や根拠を論理的に説明ができたとおもいましたか? 長くなりましたが回答いただければとても参考になります。 どうぞよろしくお願い致します。

補足

「はい論破」ということに限定せず、ネット内で論破してやるというやり取りに焦点を当てたいと思います。 よろしくお願いします。

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ベストアンサー

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理系なので論理的な説明で論破は可能です。 ですが、間違った主張をする人にも <自分を過大評価している> <自己中心的> <自分の非を認めない> <間違っても謝らない> の特徴が見られます。 <論破する人の会話の特徴> これは、話の噛み合わない人の特徴です。 理系ならデータや物証が全てですから 仮説が食い違っても実験データを取れば どちらの仮説が正しいか(両方間違いも ある)は判定出来ます。 他人にはデータや物証を求めるが、 出された内容を物証無く否定。 否定になってないのに口にするのが 論破したという台詞です。 まともな事例。 IPS細胞の山中教授が当時の10年前に 行った実験結果のデータがきれいに 揃いすぎていたのでデータ改ざん疑惑が 持ち上がった。 だが、当時の記録した実験ノートは 留学生が本国に持ち帰ったみたい。 教授はデータを示せない以上疑惑を 持たれてもいたしかたないと。 嘘の事例。 STAP細胞。再現実験が成功せず、 共同研究者からも問題提起。 実験データも再実験もなにもせず 口先だけで「STAPはあります」 と主張。不正が出来ない様に 監視カメラをつけたら年末まで 1度も再現出来ず退職した小保方。 さて、STAP細胞が未だあると信奉してる 人にどうやって論破出来るでしょうか? 理系では再現実験に成功しないだけで 小保方式STAP細胞は存在しないと 立証されてます。 ま、大抵は知識のない人には立証では なく説明で理解してもらえるか知識が 足りずに理解出来ない。 狂信者には立証しても理解すると 存在意義が無くなるので拒む。 手っ取り早いのはブロックして 発言をさせなくする。 ブロックしておいて反論しないから 論破されたと主張する人もいましたが。

回答ありがとうございます。 大変勉強になる回答です。理系を目指している愚息にこう言った理知的な考えの思考論を見せ考えさせてもよろしいでしょうか? 私は文系ですので間違いや無知があればご指摘ください。 実験の成功についてデータ、物証が全て。全く同感です。証明するには人を納得させられるものを出さなければならない。その点において明確な物証が必要になります。 〉他人にはデータや物証を求めるが、 出された内容を物証無く否定。 否定になってないのに口にするのが 論破したという台詞です。 その通りだと思いました。私が何か違和感を感じていたことをスッキリと言葉にしてくださった感です。 〉大抵は知識のない人には立証では なく説明で理解してもらえるか知識が 足りずに理解出来ない。 なるほど…

ThanksImg質問者からのお礼コメント

別の観点から考えを示唆してくださった方お礼申し上げます。 論理的思考から論破をする事例を紹介してくださったeag 様。 論理的思考力の在り方を今後も親子ともども模索していきたいと思っております。 素晴らしい回答ありがとうございました。

お礼日時:8/25 10:39

その他の回答(3件)

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わたくしは「論破」ということに主眼はおいていないので回答の資格がないのですが、考えたことを書きます。 ただし、「論破」自体ではなく、質問者さんの疑問のきっかけになっている「はい論破」という発言の背景についてです。 それは、スポーツで得点したときや勝ったときに自分を誇示するためにするガッツポーズや大声による発声と同じだと考えればいいんじゃないですか。 論破というのは、議論による勝ちです。相手がぐうの音も出ないくらいにやりこめれば、論破は客観的に成立します。当然スポーツは得点などによる客観性があります。 ネット上にしても対面にしても、議論における客観的な論破は成立します。が、ネットのほうが制約が大きく、誇示の規模も小さくなるでしょう。だから簡潔な文体で、ある意味ではぶっきらぼうな言い方になるのではないかな。 そしてどちらも、ということはスポーツにおいても、「得意げ」だという共通点があります。ガッツポーズをする選手の顔は「得意げ」でしょう。 議論は言葉、スポーツは動きだから、前者は「はい論破」という言葉、後者はそれぞれの動き(発声も、あえて大声を出すという特徴があります)によって誇示しているのでしょう。土俵が違うからその方法も違うということです。上述の制限のこともあるし。 両者とも「迫力や威圧感」という共通点もあります。 それにガッツポーズや大声であっても、度が過ぎれば「クスッて感じ」で笑っちゃうでしょう。 そしてもう一つの共通点として、相手が納得しないことがありうるという点が挙げられます。 議論においては、「納得」せずとも、ぐうの音が出なければ負けです。(これが論理性の保証になります。) 一方スポーツにおいては、「なぜ負けたのかわからない」とか「負けに納得していない」という意見も聞かれるでしょう。 つまり、相手が納得しないこともあるという共通点です。 もちろん議論においてもスポーツにおいても、潔く負けを認める人もいます。 議論においては客観的な論破、スポーツにおいても相手が立ち上がれないくらい(精神的・心理的を問わず)にやりこめなければ、心底からの納得は難しいのかもしれません。 念のために再度言いますが、どちらにおいても、そこまでしなくても納得して負けを認めることもありえます。

回答ありがとうございます。 回答の資格がないなどとんでもございません。ありがたいです。 私のいつも思っていることなのですが… 知恵袋の多くの質問は自分の期待する回答ありきの質問設定をしがちかなと言う疑問がいつもありました。 同じ事実であっても質問の仕方、言葉の一部分の切り取り方で回答者の判断を誘導できるのではないかと思ってもいます。 ですので回答者様がすごく違った視点から質問を考えてくださったことがとても面白くて興味深いです。 〉スポーツで得点したときや勝ったときに自分を誇示するためにするガッツポーズや大声による発声と同じ 勝ちと言う事の表明ですね。 そうですね。戦いがあれば勝ち負けがあるもので然るべきですしスポーツなど観客を楽しませるものは誇らしく得意げになります。またそれが応援している観客も楽しんでいる。 (負けた観客は楽しまないかもしれませんが今度こそ勝ってくれよとさらに応援する気持ち

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そもそも、言葉で論破しても、 言葉というものが、厳密なものではありません。 最も厳密で正確な単位が、数学と科学です。 論破なんてものは、証明でも何でもありません。 論破なんてものは、 ただ単に、カッコつけて、威張りたいだけでしょう。

回答ありがとうございます。 >言葉というものが、厳密なものではありません。 文脈から言葉の持つ意味合いもかわりますし、定義づけをしても曖昧なところがありますから。 >論破なんてものは、 ただ単に、カッコつけて、威張りたいだけでしょう。 なるほどです。特に言葉というものが厳密なものではないという回答は大変参考になりました。 ありがとうございます。

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「はい論破」は スカッとジャパンで木下ほうかさん演じる「イヤミ課長」の決め台詞です みんな深い意味もなく使っているだけだと思いますよ

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