漢代の印綬について 漢代の官吏が帯びていた印綬は、綬の幅が37センチ、長さ数メートルにもなる非常に目立つものだったはずですが、これを明確に描いた画像や俑はそれにしては意外なほど少ない気がします。

漢代の印綬について 漢代の官吏が帯びていた印綬は、綬の幅が37センチ、長さ数メートルにもなる非常に目立つものだったはずですが、これを明確に描いた画像や俑はそれにしては意外なほど少ない気がします。 特に立体物では図鑑などに載っているのを見たことがありません。 (参考)後漢代の印綬(いんじゅ)の種類と色による身分の違い https://three-kingdoms.net/12159 このページに漢代の印綬を帯びた官吏の像があります。もし描かれるならこのようにたいへん目立つものだったはずです。 決裁の必要のない一部の官吏は印綬を帯びなかったようですが、地方官では百石の小官まで印綬があったはずで、大多数の官吏には印綬があったと思います。 そこで疑問なのですが、実用品である印はともかく、綬のほうは何かの儀式や儀礼の場でのみつけていた、ということはないのでしょうか。現代の中国史系創作物でこういったものがほぼ描かれないこともあり、どうもこの巨大な綬を官吏百官が毎日つけたまま出仕していたとはイメージしにくいのですが、どうなんでしょう。

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ベストアンサー

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確かに、印と綬は分けて考えるべきだ、という話は聞いたことがあります。 印は官位を、綬は周制(爵位相当)を表すもので、官僚に授けられる印綬は仮授なので、退官時に朝廷に返却しないといけない、というわけ。 王侯に与えられる印綬は世襲であり、副葬も許されるとかなんとか・・・。 現代だと、綬は明らかに礼服用ですよね・・・。軍人さんなんかが勲章なんかといっしょに肩から斜めにかけてる幅広の帯です。 まあ、当時の常識というのは記録にはあんまり残らないもので、わたしもあんまりそういう記述を見た記憶はありませんが、日常業務の時まで付けていたかどうか・・・。ハンコ押す時も邪魔ですからね。たぶん、使用時は外して使うんじゃあ・・・。 後漢書輿服伝では冕冠のトコで「以其綬採色為組纓」なんて出てくるので、やはり礼服とセットなんかな・・・という気もしますが、着ているもので一目で身分がわかるようにする、というのはいつの時代でも東洋ではわりとやってるので、少なくとも、出退勤時などはつけてたような気はしますね・・・。やっぱり、なくすと大変ですし。

ThanksImg質問者からのお礼コメント

回答ありがとうございました。 あんな大きな帯を日頃からつけているとは思えないので不思議でした。まだ分かっていないことが多いのかもしれませんね。

お礼日時:8/14 22:14