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2020/8/12 0:14

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鎌倉幕府は元寇のせいで寿命が100年縮まったとされてますけど。

鎌倉幕府は元寇のせいで寿命が100年縮まったとされてますけど。 実際の所、もしも元寇が無かったら本当に鎌倉幕府はもう百年は続いてたのですかね?

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ベストアンサー

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そう思います。 理由は二つあります。 鎌倉幕府は北条時頼によって精緻で実効性のある所領裁判所の形が整って、武士だけでなく公家からも信頼される優れた政府でしたが、繁栄を楽しむまもなく元寇が起こって、いきなり黄昏期に入ってしまいました。本来は2~3世代にわたる全盛期があってしかるべきです。 また、鎌倉幕府滅亡後の後醍醐天皇の政府も室町幕府も、詳しく見ると鎌倉幕府のコピーです。つまり鎌倉幕府のシステムはまだ賞味期限は切れておらず、北条氏はたまたま元寇という不運な事件に巡り合わせたために、御家人の窮乏という社会現象の責任を取らされて滅ぼされたのだと考えられます。 では元寇がなければどのような歴史になっていたのか、「セルダンの心理歴史学(笑)」ではこうなります。 時頼世代で幕府中央の仕組みは完成します。 時宗、貞時、高時の3世代が全盛期になります。有力御家人の子供たちは親の所領を分割相続することで皆が新規に御家人となっていきます。分家は全国に散らばっていき、幕府の御家人支配は一門の惣領家に分家を統制させる惣領制が限界に達して、血縁より地縁で守護に権限を与えて統制させる方式に移行します。 時行、秀時、輝時の3世代はそろそろ黄昏です。 御家人の分割相続が限界に達して嫡男以外は所領がもらえなくなります。 そのような子供は惣領家、守護、あるいは権門勢家の被官になって生き延びようとし、武士の階層分化が進みます。 守護は世襲化し、権限と経済権益を得るとともに御家人の分家を被官化して地方のミニ将軍化して次第に幕府の言うことを聞かなくなります。 じゃ、誰が幕府を滅ぼすのでしょうか。 私は権門勢家と結び付いた武装商人だと思います。 二百年続いた安定のお陰で経済が発達します。貨幣経済の普及、日本侵略を諦めた元との民間貿易、権門勢家と結び付いた座。この3つが融合し、嫡子相続であぶれた御家人の庶子や次三男を吸収して幕府の対抗勢力となります。 いつまでも農業一本槍の幕府に失望した彼らは幕府を滅ぼします。 こうして15世紀前半に長く続いた荘官の政府は滅び、武装商人の政府が発足します。

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ThanksImg質問者からのお礼コメント

ありがとうございました

お礼日時:8/19 8:53

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正直100年は言い過ぎでも多少は影響力が有ったと思います。 幕府と御家人の関係は、御恩と奉公に代表されるように、御家人が軍事力を差し出す代わりに、幕府はその謝礼を支払うという一種の個人相手の傭兵契約のような側面がありました。 元寇で新たに得た土地があるわけではないとは言え、幕府の命令に従って軍事力を提供しても十分な謝礼が支払われないという実例を作ってしまったことで、御家人に対する幕府の信頼が失墜したことは間違えないと思います。 ただ、この時代の御家人は、その独特の相続方法から既に困窮化が深刻化していたため、その困窮化に抜本的な対策を取りようがなかった幕府は、史実ほどあっけなくではなくとも、やはり後醍醐天皇によって倒されたと思います。

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