中唐の官職について 「中書侍郎同門下平章事」というのは、どのような役割でしょうか。「中書侍郎」は分かりますが、「同門下平章事」が分かりません。宰相職だったようですが。

中唐の官職について 「中書侍郎同門下平章事」というのは、どのような役割でしょうか。「中書侍郎」は分かりますが、「同門下平章事」が分かりません。宰相職だったようですが。

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ベストアンサー

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「同門下平章事」はおそらく「同中書門下平章事」の省略か誤記ではないかと思います。 同門下平章事の用例としては、『全唐文』で徳宗の貞元8年に陸贄が兵部侍郎から中書侍郎同門下平章事に任命されたとあるのがほぼ唯一と言っていいケースですが、『旧唐書』の徳宗紀だと「中書侍郎同中書門下平章事」となっており、他史料も同様の表記です。 「同中書門下平章事」とは、簡単に言うと本来宰相でない者が宰相会議に参与する際に臨時的に与えられた肩書きの一つで、次第に正式な宰相職に変化していったものです。 唐代の宰相は元々三省の長官、つまり中書令、門下侍中、尚書左右僕射(尚書令は太宗が即位前に就いていたため慣例として任命されない)で構成され、最高レベルの意思決定は門下省の政事堂で開かれる宰相たちの会議によって行われました。 これが太宗時代になると、宰相ではない特定の高官に会議への参与を認めるケースが度々出現しました。その際には秘書監に加え「参預朝政」を帯びた魏徴のように、本官(元々の職事官)と臨時の肩書きを帯びる形で任命され、これにより「参預朝政」や「参知政事」といった臨時的な肩書きが、実質的には宰相のものと見なされていきます。 ただし、同じ宰相扱いでも、中書令のような極めて格の高い職とそうでないものとでは序列等で差をつける必要が生じました。そこで、三師・三公・中書令以外の宰相は全員「同中書門下三品」の肩書きを帯びるとか、職事官四品以下で宰相会議に参与する者は「同中書門下平章事」を帯びるという決まりができます。 これは大体高宗の頃のことで、唐の中・後期になると、中書門下(宰相会議が行われる政事堂を「中書門下」として正式に組織化したもの)体制下で三省が次第に実権を失ったこともあって、「同中書門下三品」や「同中書門下平章事」が宰相の肩書きとして主流となります。

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ThanksImg質問者からのお礼コメント

どうも有り難うございました。

お礼日時:8/14 7:05