1970年代後半。大学の授業は午前で終わり、やることのない土曜の午後。ガールフレンドのいない貧乏男子学生の悲しさ。下宿から歩いて行ける「牛込文化」(東京都新宿区?

1970年代後半。大学の授業は午前で終わり、やることのない土曜の午後。ガールフレンドのいない貧乏男子学生の悲しさ。下宿から歩いて行ける「牛込文化」(東京都新宿区? )という名画座によく行きました。入場料は、確か400円か500円。上映されているのは、ほぼ日活ロマンポルノ旧作3本立て。 片桐夕子さん主演のコミカルなポルノ映画もありましたが、意外なほど芸術的文学的でダークな作品もありましたね。 「ははぁ。東映映画などとは違って、丁寧に作り込まれていた日活映画の伝統は生きてるんだなぁ」と何度も実感しました。 しかし、あの頃惹かれた作品の名前を、ほぼ一本も思い出せない。似通ったタイトルが多かったせいでもありますが。 さて、日活ロマンポルノファンの方。「これは名作だった!」という一本を挙げてみて下さい。

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ベストアンサー

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ID非公開

2020/8/26 10:41

ども。私は50代半ばなので・・牛込文化はまだ中学・高校生くらいまでは現存していたと思うんです。しかし、無縁でした。日活ロマンポルノを初めて見たのは、もう後期の根岸・池田両監督あたりのものからです。ピンク映画館で割と最後の方まで残っていた亀有、尾久、鵜の木、上板東映、あたりで昔のものを追いかけたクチです。ですから同年代の意見ではないのですが、、 渋谷パンテオンが閉館の年だったか、もう少し前だったか・・・日活ロマンポルノをパンテオンで上映オールナイトという今考えると夢のような企画がありました。神代辰巳監督はもう他界していたかと思います。田中登、相米慎二他多数の監督が舞台上に顔お揃えトークショーをして、映画を見るというものでした。 そのときにようやく見ることのできた「実録・阿部定」には大変感動しました。予算は660万円と田中登監督がお話しされていたように思います。

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貴重なお話。ありがとうございます。 懐かしい名画座の名前を挙げて頂きました。特に、上板東映!『新幹線大爆破』と『聖獣学園』の二本立てを見た記憶があります。 で、肝心のロマンポルノ。田中登監督!懐かしい名前です。ありがとうございました。

ThanksImg質問者からのお礼コメント

ありがとうございます。昭和50年代の東京。懐かしいですね。

お礼日時:8/27 7:39

その他の回答(4件)

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神代辰巳監督の『四畳半襖の裏張り しのび肌』です 廓で育った少年が周りの女性を全て妊娠させて戦地へと旅立ってゆく ラストお腹の大きな女達が万歳と戦地に送り出すシーンに流れる 「男と女はあれしかないんよ」は名言

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私のお気に入りのロマンポルノ女優は志麻いづみさんです。彼女は1977年に「東京チャタレー夫人」の主演で鮮烈のデビュー、最後の主演は1983年のSM作品「蛇の穴」でした。彼女の出演作品のほとんどは今でもDVDや動画配信で見ることができますが、まだ見ることができない作品に1978年の7代目団地妻を演じた「団地妻・二人だけの夜」があり、私はまだ未見です。1970年後半の作品ですが、あなたはリアルタイムでご覧になりましたか?

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ありがとうございます。 志麻いづみさんの映画は何本も観た記憶はあるのですが、ご指摘の作品は観ていないように思います。 「団地妻シリーズ」と言えば、初期は白川和子さん、そして宮下順子さんですよね。彼女の映画も沢山見ていますが、いわゆる芸術的ロマンポルノ作品は少ないように思いますね。

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「ラブホテル」(1985年)〈相米慎二監督〉 山口百恵ともんた&ブラザーズの挿入歌が印象的でした。

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