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2020/8/29 9:07

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朝鮮併合後、朝鮮ではなく内地に資本を集中させるべきだったのでは?

朝鮮併合後、朝鮮ではなく内地に資本を集中させるべきだったのでは? 朝鮮半島は日ロの緩衝地帯であれば良いので、深入りすることはなかったと思います。莫大な労力を無駄にしたことを歴史から学ぶべきです。台湾とどこで差がついたのでしょうか。

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どの時期のことを言っているのかわかりませんが・・・。 朝鮮統治の初期、いわゆる武断統治期は主に軍事インフラの整備が行われていました。対露を考えるなら内地に集中しても意味がありません。 30年代の鉱工業投資であるなら、これは死活問題ですからやらないわけにもいかないでしょう。朝鮮北部は世界有数の資源地帯であり、日本が国際的な孤立を深め、また軍事費増大にともなう輸入増で外貨不足に陥っている状況では、朝鮮北部の鉄鉱、石炭、金銀鉱石の産出増を行わなければ国がもちません。 1937年の実績で金の生産量が25トンもある時点で、その重要性は明らかだと思いますが(日本は外貨不足を金の現送で補っていた)。 また、タングステン、蛍石(製鉄に使っていた)、黒鉛など日本本土であまり産出しない、なおかつ軍事的に重要な資源も帝国領域内で確保しようと思うなら朝鮮での産出量を増やさないといけない。鉱業投資は必須です。 戦時になるとコバルトやニッケルも採掘されるようになりますし、質に問題があるもののアルミも生産されていました。 論文:日本統治下朝鮮の鉱業生産統計の推計 参照

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冷戦時の日本の高度成長期と同じです。 防共の防波堤や不沈空母等の言葉を知りませんか?

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緩衝地帯だからこそ、日本の介入が必要なのです。無知蒙昧な輩は独力で国家を起こす事は不可能です。ロシア、イギリスが、朝鮮半島を伺ってました。 狭い日本には住みあいたと歌にある様に戦前は内需拡大する手段がありません。 資源と市場を求めて日本人は外地に労働場所を求めました。 戦争に敗けたからと言って最悪の手段だったと決めつけるのは早計です。

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質問者

2020/8/29 17:28

緩衝地帯なのだから、半島から外国の影響を排除するため最低限の部隊を駐屯させておけば問題ありません。半島の発展のために尽力する必要はなかったのです。朝鮮統治は、緩衝地帯を手に入れられる国防上のメリットを差し引いても、圧倒的にマイナスでした。それどころか半島を内地扱いした結果、今度は朝鮮を守るための緩衝地帯として、さらに満洲を求めることになりました。この理論では世界征服するまで拡大し続けるしかなくなります。

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両班は権益をむさぼること以外何もしなかった、 日本の平安時代の貴族のような状態です。 侍はただ貴族の手足に過ぎなかった。 貴族の権益を取り上げるまで日本は平家から戦国時代まで掛けました。 朝鮮は明治まで両班の権益を守り続けたのです。 台湾は厄介な国でした、中国が支配できたのは海岸に近い平地だけだったそうです。 山には高砂族という好戦的な土着民がいくつも存在して中国の軍隊でも手を焼き黙認するしかなかったのです。 日本も手を焼いたそうです、唯名将児玉源太郎の政策が素晴らしかった。 同化政策が成功したのです。 内地の日本国民並みのインフラ整備、生活の保護と近代化は、中国人の征服政策と違って共感を勝ち取ったのです。 朝鮮でも同じ同化政策がとられたのです。 両班の自尊心も権益も取り上げたのです。 財産だった奴婢を開放し、白丁と共に義務教育を両班たちと一緒に貸したのです。 水道もようやく整備され、井戸の収益が国のものになった、 植林事業ではげ山をなくし、オンドルの燃料の流通を整備した。 医術の向上と「医は仁術」などの道徳の向上を図った。 家系図を尊重する両班の意識を変えるため奴婢や白丁に苗字をつけ戸籍も一新し身分の記載を廃止した。 私が両班だったら恨むでしょうね。

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当時の日本はその先の満州まで進出してましたから朝鮮はむしろ重要な兵站基地であり、緩衝地帯扱いはもったいなかったと思います。 台湾との違いは、曲がりなりにも朝鮮は主権国家だった点でしょうね。自分の国王と政府を持っていた。台湾は大陸から見捨てられたような土地だった。