三国志について質問します。

三国志について質問します。 三国志には、多く軍師(役職ではなく概念としての)がいましたが、皆さんがもしも仮にですが、序列をつけるとすればどのような答えになりますでしょうか? 5位ほどまでお挙げください。 できましたら理由もお書きください。 よろしくお願いいたします。

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20歳ごろの期待値になりますが、自分の場合知謀の高い順から並べますと 160 郭嘉 155 賈詡、管輅 150 曹沖、法正 145 田豊、劉曄、楊脩、司馬懿、呂蒙 140 荀攸、鐘会、趙達、羊祜、程昱、李孚、魯粛 自分の場合は上記のような感じですね、次点に曹操が来ます。曹操の参謀になろうと思ったら曹操と同等ぐらいの才能は必要になってくるので異変です。 この内、管輅と趙達は占術の人です。日本にも角隅石宗のような占術を行う軍配者軍師がいますので、彼等も載せておきます。 曹沖は13歳で亡くなっているので、上の値は無事生存して20歳になれた時の数値です。まあその辺りはあまり気にしないでください

その他の回答(2件)

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>役職ではなく概念としての 小説の『三国志演義』には、いわゆるアドバイザーとしての軍師が 登場しますが、史実には概念としての軍師など存在しませんでした。 https://kotobank.jp/word/%E8%BB%8D%E5%B8%AB >策略の巧みな人。策士。 辞書的な軍師の意味合いであれば、2の策士こそが、 演義の中のスーパースターたちのポジションだと思います。 しかし、これは小説上のフィクションであり、史実の軍師とは 単なる役職でしかありませんでした。 史実における軍師とは、会社の課長とか部長のようなポジション でしかありませんでした。 史実における軍事という役職は、軍事参謀でしかありませんでした。 『三国志演義』では、諸葛亮たちはやたらと 「軍師」と呼びかけられていますが、 正史『三国志』ではそういうことはありません。 策士としての軍師は、物語の中だけの存在と思ってください。 つまり、軍師という存在の定義はあいまいであるため、 史実の人物の誰が軍師に当てはまるのか、そこから議論していく 必要が出てくるわけです。 ですから、史実には官職の軍師は存在しても、 概念上の軍師は存在しないと言いたいわけです。

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1位はダントツで荀彧 この人は曹操にアドバイスするとかのレベルでは無く、曹操の方針や指針そのものです 2位は諸葛亮 演義の様な神算鬼謀の人ではありませんし、益州一州と言う小国の宰相ですが、ほぼ全権を握って国を運営してますから 3位は荀攸と賈詡 軍事的献策のエピソードも豊富で正に軍師って感じです 4位は魯粛 呉は周瑜呂蒙陸遜と軍師と言うより将軍よりの人が多いですが、この人は孫権に天下二分を献策したり策謀家で軍師って感じです