ベルセルクのガッツとグリフィスについて質問なんですが ガッツが鷹の団を出ることを決めたのは暗殺時のグリフィスのシャルロットに対しての話ですよね? グリフィスにとってガッツとは対等な

ベルセルクのガッツとグリフィスについて質問なんですが ガッツが鷹の団を出ることを決めたのは暗殺時のグリフィスのシャルロットに対しての話ですよね? グリフィスにとってガッツとは対等な 関係だと思っているけど、ガッツにとってはグリフィスと自分は対等ではない、だから友人と思っているけど…という考えだったんでしょうか。 止め絵でグリフィスのいる位置とガッツのいる位置が示しているのかなと思ったんですが、どうでしょうか。私と真逆でもいいのでファンの方の考えを聞きたいです。 あと映画三部作で黄金時代をやりましたが、皆さんはどう思いましたか? 私は黄金時代をよく描けているのは古い方のアニメだと思いました(最後は酷いですが)。いいと思えたのは声と音楽でした。ガッツとキャスカは意外とよかったですが、グリフィスはやはり森川さんがいいなと思いました(櫻井さんファンいたらすみません)

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グリフィスはガッツを唯一の対等な友人だと思っているのに対し、ガッツはグリフィスは全てにおいて自分より優れているからグリフィスの言う通りにしていれば間違いは無い、自分の見込んだ大将、みたいな感覚だったんでしょう。 グリフィスでは無く、ガッツ自身が自分を下に見ていた。 まぁ、当然と言えば当然で、その立場的にも自分はグリフィスにとって1番役に立つ手駒くらいに考えていたでしょう。 幼少時から、自分には剣しか無いと思い込んでいたし。 しかし、グリフィスはもっと自分を高く評価していた様なもん。 並んで立つ事すら想像していなかったところに、すでに並んで立っていると思われていた。 ある意味崇敬さえしていた男の想いに応えるには、一体何が自分に出来るのか、と混乱した。 そして行き着いたのが、やはり自分には剣しか無いと言う事。 ならば、その剣だけは、グリフィスにも負けないくらいであらねばならないと、グリフィスの庇護の下では無い場所で自分の剣だけで立って歩かなくてはと、鷹の団を抜ける決意をする訳です。 劇場版黄金時代篇は、あれはあれで素晴らしいと思います。 しかし、最初は全エピソードアニメ化企画サーガプロジェクトとして始まりました。 でも、蓋を開けてみたらカットしまくり(-ω-) 劇場版3部作と言う構成としては良くまとめられていると思いますが、色々カットされまくりなのは残念至極。 ただ、旧TV版はパックをカット、蝕を途中でブツ切り、ですからね(^^; ベルセルクのアニメには、全て問題がある、と言う事ですね。 平沢進の音楽を得た事は劉備が孔明を得たに等しい価値があるし、個人的には旧TV版でベルセルクに出逢えたし、アニメ化そのものはしてくれて良かったと思います。

ThanksImg質問者からのお礼コメント

遅くなりました。 すごく納得出来ました。ガッツに負けた後のグリフィスを見てると胸が痛くなりました。 映画は二人の関係が薄く感じたのと、ガッツとグリフィスのラブシーンが長く、そこに時間をかけるならちゃんと作ってほしいと思ってしまいました 笑 どちらにも悪い点はありますよね。 映画の後のアニメにも平沢さんと鷲巣さんが関わってくれたのが嬉しかったです。 回答ありがとうございました。

お礼日時:9/25 3:51