井沢元彦の業績を「井沢学」みたいに呼ぶのは過大評価ですか?衣鉢を継いだ形の山本七平の業績は「山本学」みたく呼ばれるわけですが…

補足

〉呉座勇一氏の批判 細かい間違いはあると思いますが、日本史を貫く原理を理解して教訓を引き出す試み全体が破綻してるということはないかと。やたら暇に些事を研究してる学者は何のために歴史学んでるのか不思議に思います。 司馬の真似?穢れの重視も誰かの真似だったのですか? あと井沢が山本の衣鉢を継いだ、ということです。山本の衣鉢を継いだのは別に1人ってことではないかと。直接師事したかとかは関係なく 〉『怨霊信仰』『言霊』しか無い 穢れもありますよね

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ベストアンサー

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確かに穢れもありますね。別にディスってる訳ではありません。 私も愛読して何度か目から鱗の落ちる思いがしましたし。 しかし、作家は歴史学者じゃありません。 本を売ってナンボの世界に生きてます。読者の興味を引く事、面白い事を書いてもだ誰にも責められませんが真実から遠のく割合もその分、多くなるのも致し方ないと思います。 彼の主張、学者は専門バカで全体を通して考えないと言い、それは正論ですが、専門家の深さには敵わないと思います。

ThanksImg質問者からのお礼コメント

批判してる人も誇張が酷くないですかね…

お礼日時:10/15 14:29

その他の回答(3件)

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学問的業績が何かありましたか? 基本的に学者の知見をつまみ食いしながら、学界を史料至上主義とか批判する炎上商法の人という印象しかありませんけど。 それも最近は知識の更新もしていないようですでに否定された古い説に固執しているようですし、特に呉座勇一氏の批判にはまともな反論もできずにいます。 今までは基本的に一般書などでおかしな歴史が語られても学者が批判することはなかったのですが、呉座勇一氏は積極的に俗流の歴史観を批判しています。それにより一方的に学界批判をしていた井沢氏のメッキが剥がれてきているのが現状だと思います。

穢れ移転説は歴史学においてもかつては想定されていましたが、考古学の発掘調査の進展により否定されました。 あえて自説を主張したいのであれば、根拠をきちんと示せばいいだけです。そのような地道な作業をすることなしに研究者に対してレッテル貼りの罵倒をすることしかしていないのが井沢氏です。

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はい井沢については 異常な過大評価です。 通俗作家として名が知れているから読む人がいるのですが、悉くといっていいほど 司馬遼太郎など先人を真似ているにすぎません。 内容が乏しすぎます。一次文献など読んでいないのでは?? 山本七平が 誰の「衣鉢を継いだ」のでしょうか?

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私も愛読しています。 多くのインスパイアを得ます。 しかし、後世に残る著作か?と問われれば、?な感じですね。時節の花みたいな気もします。

まあたしかに些事に関しては、ござ先生のほうが正しいんですけどね。 井沢先生のほうがインスパイヤを刺激するので楽しく読んでます。同様の理由で梅原猛先生のご本も楽しく読んでます。山本先生も、中学のころ目からウロコで教えられたものですね。