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2020/10/17 11:54

55回答

よく「ら抜き言葉」を使ってしまいます。

よく「ら抜き言葉」を使ってしまいます。 でも、例えば、「入ることができた」→「入れた」 これに「ら」をつけると「入られた」となります。これでは、受け身にも捉えられるし、尊敬にも捉えられると思うのですが、どうでしょうか。もちろん、「ら」を入れた方がきれいだなと聞こえるものもあります。

ベストアンサー

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「ら抜き言葉」について、私も同様に考えています。 だいたい「ら」を抜くのは、受身・可能・自発・尊敬のうち可能の意味で使う場合に限られます。質問者さんの言われる通り、4つの他の意味でもとられてしまう恐れがあるときに、あえて「ら」抜きにして可能の意味であることを強調するのです。 という話を、これまでも何度か知恵袋でもしてきましたが、「ら抜き」を敵視する方々にはまるで話が通じなかったので、ほっとする思いがしております。

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その他の回答(4件)

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「入る」という言葉は、五段活用です。 五段活用の動詞は「入られた」というのが正しい活用です。 「入れた」という言葉は、「可能動詞」という別の言葉です。 文法上、そうなっています。 ですから、あなたの 「これに「ら」をつけると「入られた」となります。」という考えは おかしいです。 逆です。 「入られた」というのがめんどくさくて、 「入れた」という言葉が生まれました。 そして、どちらかというと「入れた」のような可能動詞のほうが 一般的になりました。 たとえば「書かれる」「泳がれる」「読まれる」よりも 「書ける」「泳げる」「読める」の方が普通に使われています。 でも、これはどちらも間違いではありません。 また「行かれる」と「行ける」については 現代でも普通に両方とも使われていますね。 「ら抜き」というのは五段活用以外の動詞の話で、 「見る」などを「見られる」ではなく「見れる」という。 五段活用以外の話ですから、五段活用の「入る」を例にあげるのは おかしいですよ。 ら抜きについては、 いずれは、可能動詞がオーケーになったように、 正しい日本語とされると思います。 しかし、今はまだ、間違いとされています。 日常会話ではよく使われますが、 書き言葉としては認められていません。

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「入れた(はいれた)」は、 ら抜き言葉ではありませんよ。

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入ることができる⇒文型の応用 入れる⇒入るの可能動詞 入られる⇒可能動詞ではない。現在は受身、尊敬型 ①泥棒に入られた。 被害者は話者で、加害者は泥棒。 (受身型) ②先生が部屋に入られた。(尊敬型) 先生のことを尊敬し、其の動作を尊敬している。

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時代の変化の一つだと思う。 見れる、着れる、のほうがよく聞くようになりました。

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