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2020/10/17 12:45

22回答

革にオイルを塗ってメンテナンスすると思いますがそのことを革に栄養を与えると表現することっておかしくないですか?革の細胞はもう死んでますよね。鞣は防腐処理だと思いますが防腐処理したのに細胞が生きてたら防

革にオイルを塗ってメンテナンスすると思いますがそのことを革に栄養を与えると表現することっておかしくないですか?革の細胞はもう死んでますよね。鞣は防腐処理だと思いますが防腐処理したのに細胞が生きてたら防 腐処理じゃないですよね。自分自信革にオイルを塗ってメンテナンスしますがそれはあくまで時間が経てば革に含まれたオイルが革の表面に滲み出て乾燥してオイルが抜けて革にツヤがなくなるからツヤを出す為や乾燥してひび割れを防ぐためにオイルを塗るんであって、栄養云々は関係ないと思います。どうなんでしょう。

補足

革に栄養を与えるという表現については質問していません。どう表現するかは自由だと思います。ただ鞣された革にとってホントにメンテナンス用のオイルは栄養なのかということです。たまに革の手入れ初心者の人に革の手入れの仕方を教えるときにも革に栄養を与えると表現すると初心者の人はホントに革に栄養を与えると勘違いすると思いました。自分もそうでした。メンテナンス用のクリーム、オイルは革にとって栄養なんだと。花に肥料を与えるように。ただ革のことについて調べると皮から革になるには鞣という防腐処理を施すと知りました。そして防腐処理をしたら細胞は死んでいるはずですよね?死んだ細胞に栄養を与えるということに引っかかりました。生物学については全く知らないので素人の意見です。間違っていたらぜひ正してください。

ベストアンサー

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ただの比喩表現なのでなにもおかしくないです。「革を育てる」「革に栄養を与える」というのは一般的に広く知れ渡っている表現だと思われますので。 「太郎くんは太陽のように明るい子だ」という表現に対して、『太陽のように明るいって、太陽の明るさと人間性でいう明るさというのは全く別物であり表現として適切ではないですよね?』レベルの質問ですね。共通認識の問題で、あなたが単純に違和感を持ちたがっているだけのようにも思えます。 他の例えで言えば、「あんた今日道草食って帰ってきたでしょ!」って言われたら「え?道の草なんて食べて来てないよ!!意味わかんない!!」みたいな。そんな躍起になって表現を否定するレベルの問題ではありませんね。

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あー、最初の文章だけよんだ回答なので、補足に対して追記します。 栄養とは生物学上生き物に関する概念なので、革は生き物ではないのでその論で言えば栄養ではありません。オイルはただのオイルです。尚、表現を自由にできるのであれば、解釈も自由にできるため、あなたが思うこと全てが正解であり、自己完結されているものだと思われます。

その他の回答(1件)

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木も伐採すれば死にますが、オイルフィニッシュは木の呼吸を 妨げないなんて言われる事がありますが、、、 それと同じようなものでしょうか。 更に言えば犬や猫を飼ってる家の人はペットを「ウチの子」や「家族」 なんて言ったりしますが、犬猫が人の子供になることはあり得ません。 愛情表現の一つだと思います。

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質問者

2020/10/17 13:03

木の呼吸は多分水を吸うと膨張して乾燥すると収縮するからではないでしょうか?愛情表現の一種なら分かりますが真面目に言ってる人もいるのでどうなんだろうと思いました。