今日の麒麟で、松永久秀は九十九髪茄子を信長に献上した事を光秀に話した時ですけど。

今日の麒麟で、松永久秀は九十九髪茄子を信長に献上した事を光秀に話した時ですけど。 光秀は茶器の価値を理解してなかったシーンですが、アレっておかしくないですかね。 光秀は茶の湯にも通じた教養人ですから、松永に「思い切ったことをしましたね」位は言っても良かった気がします。 何ていうか大河ドラマの主人公って最近馬鹿になっている感じがしません。 史実と照合したら、教養人らしい見せ場は多くあっても良いと思います。

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明智光秀の連歌会参加記録は、永禄十一(1568)年十一月十五日が初見です。 しかも、この時は僅か6句しか詠んでいません。 そして、茶会となると天正五(1577)年六月二十九日が初見となります。 茶人:津田宗及が「茶会記」に記録を残しています。

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茶道は当時としては、新しいカルチャーで、 お金もかかる遊びでした。 だから、長い事貧しい浪人暮らしをしていた光秀には、 まだ馴染みのないもの、という設定なのだと思います。