韓信ってネットで「軍事の天才」「国士無双」「兵を率いたら歴代でもトップクラス」と騒がれていますが、韓信って何がそんなに凄かったのですか?

歴史 | 中国史99閲覧

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ThanksImg質問者からのお礼コメント

なるほど納得しました! 相手まで操ってしまうとはさすが国士無双ですね!

お礼日時:10/26 23:42

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韓信のすごいところは、精鋭の兵を率いているのではないのに、戦争に勝ってしまうところです。 彭城の戦いとすい水の戦いで敗れた劉邦が西に逃げてきました。劉邦が連れていた兵は項籍軍にやられて、多くがいなくなっていました。しょう何が、関中から老兵や少年兵を集めて、援軍にきました。韓信は、自分がよく訓練していた精鋭の兵を劉邦に渡し、しょう何が連れてきた関中の老年少年兵を引き取りました。その後韓信はその兵を使って、趙を降伏させました。趙を破った時の作戦は、あんまり訓練していない兵を最大限に働かせるためということで川を背に陣を敷きました。これがよく言われる「背水の陣」です。背水の陣について敵も味方も「そんな作戦で勝てるわけない。馬鹿か」と思ったと史記に記載がありますが、韓信は勝ってしまいました。 で、趙に勝った後、韓信は敵方の将軍(李左車)を捕まえて、「あなたは素晴らしい軍師なので、私に計略を授けていただきたい。」とお願いして、計略を 授けてもらい、兵を休ませました。また、燕は攻撃せず、趙が降ったと使者に書状を持たせるだけで降伏する、とのことだったので、その通りにしたら、燕は本当に韓信に降伏しました。自分が破った相手に敬意を払いつつ、うまく利用できる大変賢い若者でした。 斉と竜且の連合軍を破った時には、川の近くという地形を生かして、川の流れをせき止めて置き、それを一気に放すことで、水攻めにして破りました。 垓下の戦いでは、30万の兵を率いて、10万の項籍と真っ向勝負をして勝ちました。真っ向勝負をして項籍に勝った人は、韓信が初めてだと思います。項籍も戦争に負けない人でしたので。 というわけで、韓信は状況に応じて、適切に勝てる戦闘方法をとれる人だったのです。戦争の天才と言って良いと思います。また、戦闘の後、敵将と仲良くするなどなかなか性格も良い人だったようです。破った相手を虐殺するようなことはありませんでした(史記では記述なし。)。また、逃げる敵は見逃し、戦争で勝った相手に深い恨みを抱かせるような禍根を残しませんでした。 戦争上手はこうでなくちゃという見本のような人物だと思います。

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