戦車の砲塔にピストルポートという小窓がある場合がありますが 実戦において役立ったのでしょうか?

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効果はあったのでしょう。 と言いますのは、防御上の弱点になるので、だんだん廃止されました。 しかし、アメリカでは一度廃止した後に復活させたりしており、効果はあったのだと思います。 歩兵戦闘車などは1980年代くらいまで装備しましたが、これは、戦闘の状況が掴めないと歩兵が降りたがらないなどの話も絡んできます。 が、結局、防御面を充実させるように成ったのと、砲塔や機関銃塔の火力を充実させて、銃眼はあまり使われなくなりました。 前方機関銃については、機関銃の横に照準眼鏡のある物と。 曳光弾で弾道が判るようにして、ペリスコープや展視孔で弾道を見ながら狙うケースがありました。 ソ連では、大戦中に機関銃を固定したり外装ポッドにして、操縦手が車体を旋回させて照準する方式にしています。 これは、それでも効果があったとの説と、機関銃の数を減らさないためとの説があります。 (スターリン存命中は、戦車を改良するにしても、武装を減らしたりは難しかったらしい。) 前方機関銃を廃止したのは、NBC防御のために気密性を高めたからです。 ソ連は歩兵戦闘車を併用し、アメリカは戦車長の展望塔を機関銃塔にして、火力を補いましたが。 機関銃塔は、機関銃が邪魔で前が見にくい欠点があり、廃れました。

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戦車は、戦車部隊だけで単独で行動することがあるので、敵歩兵の近接を牽制するためには有用です。 また、車載機関銃は、マウント部分に針の穴のような小さな穴があり、その中に照準器が付いています。 ドイツ戦車では、カップ状のホルダーが銃尾についており、それを頭に被せると、丁度照準器が目のところに来て、照準器を覗きながら射撃をします。固定されているので、重機関銃と同じ精度があります。 同じ装甲車輌では、歩兵部隊と常に行動する3号突撃砲は、車体機銃は付いていません。敵弾兵がエンジンデッキの上に乗って、そこから機銃を撃っている写真が残っています。

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ティーガーE型の砲塔にありましたけどB型で 廃止されているので効果はなかったのでしょう。 ティーガーB型やⅣ号戦車J型はピストルポートの代わりに 近接戦用散弾Nbw発射機が砲塔上面に装備されています。

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耐弾性から見れば良くは無いでしょうが、戦車内部からは死角が多く、特に車体周辺に入り込まれるとサッパリ見えません。そこで自車の視界確保というよりも、僚車の死角を補完し合う考えでの覗視孔と思われます。 WW2後は特殊武器防護のため気密を保つためや整形弾対応で装甲力を高める必要から廃止されたようですが、製造時の手間に比べてあまり効果がなかったのかもしれませんね。 ただ冷戦期の通常兵器交渉で、銃眼付きの人員輸送車は戦闘力が高いと計算され、ソ連のBMPや米軍のブラッドレーなどは銃眼を潰したりがあったようです。 73式装甲車や89式装甲戦闘車は後部座席に銃眼口が設けられており乗車突撃が可能でした。60と73は斥候バージョンでは後部座席の上面ハッチを開放して後部乗員が立って視察しながら進むということもできました。

戦車の演習で見たことがあるのですが、小隊4両で狭い一本道を移動中、航空攻撃で先頭車が被弾閣座、他の3両は両側が側溝で挟まれた道で方向変換して約100メートル後方の林内に逃げ込んで敵FBをやり過ごせ、というものです。 演習なので安全管理上車長は首を出していましたが、ドライバーは心得たもの、車と違って一気に脱輪はしないので、左に切りながら後退、車体が後ろへ傾いたことで履帯の後ろが側溝を越えたと知りそこで少し切り返し、これを素早く何回か繰り返すと狭い道路で見事に方向変換、3両は木立に向かって一目散、素早い対応に補助官閣下もご満足、統裁部へ早速無線で報告するとすぐさま、敵FB退去、の報が入った。 履帯には良く無いけど超信地旋回もできますしね。 履帯式はこれができます。16式などうすらでかい装輪戦車は都市部では身動き取れないでしょう。