藤井聡太は200勝までにどこで足踏みしたのか? . 先に他の方も似たような設問なさってますが、 あえてもう一問:

将棋、囲碁780閲覧

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>羽生さんは6段でしたが、藤井二冠は8段でタイトルホルダー。 200勝達成時、羽生さんは6段でしたが、藤井二冠は8段でタイトルホルダー。

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あえて、 もたついたのは日本政府でしょう。 たかだかウィルスで変な制限かけたから

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武漢肺炎で対局できない時期があったでしょ 対局成績は十分ですから、今年度対局出来ない時期があった分 って理解できるかな?

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今は羽生さん当時の昭和の時代より、平成に入り「棋聖」のタイトル戦も1期半年だったのが1期1年になったり、公式棋戦もかなり減っていますし、昔に比べて対局数も減っています。今年は特にコロナの影響もあり、対局スケジュールも遅れていました。単純な比較にはならないと思いますし、比較してもあまり意味がありません。 なので回答は、いつどこでと言えばデビュー当時からで、一言で言ってしまえば、「当時とは将棋界の状況や時代背景が違うので、単純な比較はできない」が回答です。

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予選から出ていた羽生善治九段よりも、二次予選から出ることになったからでしょうね。 ちなみに、羽生善治九段の最短タイトルは19歳ですから2年もタイトル奪取の年齢が違うのは恐ろしいことです。 ちなみに、最短200勝とかなんてなんの意味もないです。 タイトル奪取、防衛をどれだけ続けられるかです。 勝率8割でノンタイトルよりも、勝率3割でタイトル1個ですよ。

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プロデビューしてから初対局まで2か月ちょっと空いた 羽生さんは1か月ぐらいで初対局 ここでも1か月程度の差ができた 後は対局数の違い 今はあの頃より減っている 羽生さんが200勝達成したのは3年11か月、対局数は253局 藤井君は4年1か月で対局数は240局 2か月長いのに対局は13局少なくなっている 緊急事態宣言での自粛についてはその後の過密スケジュールで 対局数自体は解消されているかもしれないが それでもまだ多少の影響は残っているかもしれない

他の方も書いている通り新人戦に1回しか出てないのも要因かもしれません デビューが2016年10月で四段 2018年5月には七段になっています 運もありましたが、あり得ないくらいの昇段ペースです たらればの話ではありますが 五段昇段理由がC級1組への昇級ですが 昇級が朝日杯優勝の後なら 朝日杯優勝で五段になっているので、C級1組へ昇級しても 五段のまま その後の5月に竜王ランキング戦で2期連続優勝で六段になりますが この場合、七段になるのは1年後ですから もう1回新人戦に出れました つまり、羽生さんの最短記録を更新できなかったのは 当時の羽生さんより強かった故というなんという矛盾