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2020/11/25 7:04

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連続テレビ小説「エール」で東京五輪の作曲を古山裕一氏に頼もうとしたときに戦時歌謡作った人だからという理由で反対されたシーンがありましたが、1964年のオリンピックの時に実際に反対する声はあったのでしょうか

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最終回を目前にしてタイトに押し込んだ話なので、 大河「いだてん」のように実際に反対があったのだろうと思います。 昭和39年というと戦後19年たっていますが、 当時はデパートや動物園など人が集まる所へ行くと、入口近くに 「傷痍軍人」という人達が軍服で、片足・片腕のない状態で立っていて、 通行人から寄付を集めていました。 私はまだ幼い子供で、とても怖い思いをしながら見るだけでしたが、 戦争の爪跡はまだ重く残っていて、軍歌などに反発する人も多かったと 思います。

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その当時は決まってから発表されるわけですから、今と違ってそれに反対する人の声があるかどうかは一般にはわからないと思います。

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割と普通に古関裕而に決まったようです。 スポーツ音楽と言えば古関裕而みたいな感じだったんでしょう。 またこれまでなら依頼されていたであろう山田耕筰がもう高齢だったというのもあったようです。 勿論世の中色んな人がいるので反対していた人もいたかも知れませんが。

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