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何故、ネタ切れになったのか・・・・もう少し掘り下げてみましょう。 まず、松などの丁型などには、第1次大戦期に建造された樺型駆逐艦など から命名されたものもあり、艦名としても栄光ある2代目の名を引き 継いだ艦名もあるのです。 元々、樺型駆逐艦は急増駆逐艦でもあり2等駆逐艦です。 当時に 第1次大戦が勃発に駆逐艦不足を補う為に急増された駆逐艦でも あり、短期間での建造や量産を目的したもので、取りえず数を 揃える為のある程度性能に目をつぶって(機関はレプシロ)戦時 急増艦にだったのです。(言ってみれば丁型と近いものがあり ます) 当時のしての、本命は1等の海風型が本命ですが高コストの 上に建造に時間がかかり、とても数が揃えられない・・・・ 2等の樺型などで取り合ず数をそろえないとならなくなって しまった。(なんたって開戦時には、1等の海風型2隻と 2等の桜型2隻の4隻しか駆逐艦なく) 第1次大戦の勃発ともに、泥縄的に2等駆逐艦を揃える 羽目になったのです。 駆逐艦はある程度の消耗が想定がなされてますが、日本 では、本命の1等駆逐よりも、当然ながら2等の方が、消耗 しやすい戦時急増の駆逐艦と言う流れになったのです。 そして、当時の日本艦の命名基準でも・・・・どんなに 活躍しても戦没艦から受けがないのがあり(例を挙げる と吉野とか) ある程度、消耗が予想される2等駆逐艦には、当時でも 評判の悪い、雑木林を命名して。 本命の1等駆逐艦には、勇ましい艦名を残しておきたい と言う流れになったのでしょう。 なんたって・・・沈没したら、艦名を引くつげない、 戦時急増の2等程度には、もったいないという所 です。 この空気が当時のもので・・・あるから雑木林名はより 嫌われるでしたのでしょう、海軍軍人にとっては、 より、戦死に近く、差別まである艦名だったのです。 ・・・・不詳だった雑木林はこの後、命名基準から 外されます。 つまりは、雑木林は今後は命名しない 方針となります。 質で勝負する駆逐艦と言う時代に突入します。 1等駆逐艦の正式な子孫というような、特型などのガチな 艦隊型駆逐艦がどんどん建造される時代が来ます。 勇ましい名前をどんどん付けていくものですね。 ・・・・そして、戦局の悪化とともに、本命の駆逐艦 は、多数消耗自体に陥りますね。 そこで、これまた戦時急増のある程度の性能に目を つぶった丁型を多数建造となりますが・・・。 調べてみると・・・・昭和18年10月に艦名の 命名基準を改正して、雑木林の艦名基準が復活 させます(逆に言うと・・・雑木林はそこまで 嫌われいたのですよ) 日本海軍にとっては想定外だったのでしょうね。 本命の1等駆逐艦の子孫どもが消耗したしまい。 断絶したはずの戦時急増の2等駆逐艦の子孫が 復活してしまったのですよ。 あくまでも、戦局の悪化の想定外のできごとだったの でしょうね。 雑木林は、忌み嫌われて・・・復活するはずがないと 思われいた艦名だったのですよ。
歴史の皮肉かもしれませんが^^; 逆に言いうと、忌み嫌われていえの、命名としては 手付かず状況が続き、結果的に、多数建造向きの艦名 して残っていたという側面もあると思いますよ。
質問者からのお礼コメント
ありがとうございました
お礼日時:1/12 3:28