中3女子です。私は7年間、書道を習い続けています。
中3女子です。私は7年間、書道を習い続けています。 書道教室で沢山練習して、いい字を書けたと思ったのになぜか練習もしていない書道教室にも通っていない素人の1人の親友に銅賞をとられ、負けました。もう二人目の親友は私と同じぐらいの歴で書道を習っているのですが、銀賞でした。私は何にも賞はあたりませんでした。しかし、私は去年は銀賞をとりました。素人の親友は去年はなにも賞をとっていません。二人目の親友は納得いくのですが、一人目の素人の親友に銅賞までとられるのは本当に悔しいです。一人目の素人の親友は、天性のものなのでしょうか?水泳も絵画なども人並み以上に出来て本当に天性のものだったの!?ってぐらいに驚いたし羨ましいし正直嫉妬してます。これは天性のものなのでしょうか?書道に関しては、二人目の親友から借りたふさふさのか書き心地の良い筆を使っていたからかなと勝手に思っています。でも実際は、審査員の好みな字で判断されていると思います。なのでそれは仕方ないと思います。でも、運動に関しては天性のものなのかと。。どうだと思いますか?
ベストアンサー
わかります!私はオバチャンですが、高校の時に同じことがあって、今でもその時の気持ちを思い出します。 私は今でも書道を続けています。それでわかったことも、あります。 審査員は数名で、毎年変わります。そして、一度に何百点の作品を見ます。 私たち書く者は、「この部分が上手く書けた、ここは書けなかった」とかで自分の作品を判断します。 けれども審査員は上記の理由で、全体感、バランスで判断します。結果的にそれは、正しい筆遣いや伸びやかで健康的な線、深い線の作品なのです。 またエライ審査員のスピーチで 「今年◌◌賞に選ばれたからといって、同じ作品を来年出しても、選ばれるわけではありません」と言っておられました。 なぜなら、審査は相対的なものだからです。その年の作品群の中での位置づけだからです。 だから、去年銀賞で今年が無冠だったとしても、下手になったとか、逆の場合でも上手になったとかは、賞では計れないことになります。 ぜひ展覧会を観に行ってください!(コロナで中止かな?) そして、自分の作品が、全体の中でどのように見えるか想像してください。 そうすると、来年はどのように書けばいいかがわかると思います。
中3で受験なのに、がんばって練習したんですね。えらいですね! それは絶対に無駄にはならない。 ついた力は、財産として貴方様の腕に残っています。 習っていないお友だちは、こだわりがない分、線が伸びやかだったのかなあ、と想像します。 頑張っている真面目な人ほど、細かいところが気になって、運筆が慎重になりすぎたり、線と線がつながらなかったりするので。 書く者は「書いた線」に目がいきますが、行書作品はこのような点が重要なポイントだったりします。 天分について。 絵画は天分はあるみたいですが、書道にはありません。だからエライ先生も80才になっても勉強します。掘っても尽きない井戸のように楽しく、奥が深いからです。
質問者からのお礼コメント
コメント有難う御座います☺️☺️ 共感できる事や一番納得したコメントだったので、ベストアンサーに選ばせて頂きました!
お礼日時:1/11 0:45