第28回萩原朔太郎賞はマーサ・ナカムラさんの詩集『雨をよぶ灯台』(思潮社)に決定しました。最年少での受賞となります。
マーサ・ナカムラさん 略歴
詩人・会社員。平成2年10月埼玉県生まれ。早稲田大学文化構想学部卒。
第54回現代詩手帖賞、2018年に『狸の匣』で第23回中原中也賞を受賞。
選考では二作品に絞られました。詩人の佐々木幹郎さんは「詩を読むと年齢が分からない。戦争前の主人公が書いているような物語が、いつの間にかタヌキの話に変容する。初めて自由自在な物語を書ける才能に出会った」と称賛した。
詩人の吉増剛造さんは「感受性や才能、感性が通用しない。見たことも聞いたこともない異世界。彗星(すいせい)のようなと言うのにふさわしく、これまでにない詩の幕の中に入ったような感覚だ」と見解を述べた。ナカムラさんは「受賞を受け、ただただ驚いております。諸先輩方から激励をいただいた気持ちです。これからも詩の道を自由に楽しみながら精進します」とコメントを寄せた。新進気鋭の詩人マーサ・ナカムラさん(30)の作品は、読む者を鮮やかに「異界」へいざなう。例えば、「湯葉」(『狸の匣』所収)の一節。
<川の幅いっぱいに面影が流れてくる。/ある日の母の笑顔を写真のように切り抜いた映像(シーン)が流れてくる。/いつものように、叔父が長い竹竿(たけざお)ですくうと、/長い湯葉のようなものが竿に垂れ下がる。/薄白い物体にはなんの印刷も施されていないことを確認して川へ戻すと、/母の顔は少しひしゃげて、下流へ流れていくのであった。>何とも不思議な情景が、鮮明に思い浮かぶのだ。これは作者の狙い通りらしい。待ち合わせた宇都宮市内の公園で、マーサさんが朗らかに説く。「詩を書く時には、強烈なイメージが先にあって、どうやったら効果的に伝えられるかな、と考えて構成しています」自分の想像する世界を、自由に、楽しく、生み出して。そこからプロとして、作り込んでいく作業に没頭する。そんなことを勝手に想像して、作り込みの作業を想像して…感服しました。一方、「サンタ駆動」「出せ」など、短編小説とも言えるような長い作品が多く、詩を読むことに不慣れな自分としては、正直、読み疲れる作品も多かったです。現代の御伽草子、という感じでした。装丁のほの暗さが表現している、うっすらとしたホラーテイストが、詩集全体に漂っています。とくに目次最初の作品「鯉は船に乗って進む」に掴まれました。仏と映像をモチーフに絡ませた不可思議な物語は、まさに!という感じです。時空が交差するような世界観に、ぐんっと引き込まれてしまいます。
以前読んだ現代詩手帖の中で、マーサ・ナカムラさんが、「学生の頃、日和聡子さんの詩集を読んでいた」とインタビューで答えていらっしゃって、なるほど確かに…日和さんの作風に影響を受けていらっしゃるのかなぁと思いました。異次元の世界観の作り込み方、といいますか(日和聡子さんの作品よりは、字面がそこまで難しくないため、読みやすかったです。仏が茶をたてる浅草寺、サンタクロースの任務を課された囚人、千葉県の駄菓子屋、実家から押しかけてくる犬、偽物のお父さん…様々なイメージが紡ぎだされる詩集。詩でも散文でも短編小説でもあるような15篇。とりとめもなく進んでいく言葉は、夜見る夢のようにつじつまがあわないのにもかかわらず日常的で、まるで今日あった出来事を夕ごはんを食べながら聞いているようです。それから、昔話にも似ているかもしれません。
「俺が死んだら、この胸を裂いてほしい。
そうして、堅くて悪い山を崩してくれ」(薄子色)
作者の言語世界をそのまま現したようなうつくしい装幀は、外間隆史さんによるものです。本著は装丁自体が詩的で気になってしまったのだ。表紙絵にしろ題字フォントとデザインにしろ、イメージがふわーっと湧いてくる造本。装丁が、文章の引き出すイメージを支えているように思った。収録された16篇の詩は、硬質な表面の下にどろりとしたものが流れているような、どこか土着的で血の匂いのするようなものが多い。定期的に見る悪夢のような後を引く、とらえどころのないイメージだ。ただ、どろどろしているだけでなく、硬質な透明感もある。世界にすっと冷たい風が吹き込むようだった。最後に収録された「新世界」には、自分の内側から空の向こうへ抜けていくようなさわやかさと冷たい寂しさ、なつかしさを感じた。ひとつだけ言えるのは、現実に生きるということが詩を支えているということ。生きている感触がとてつもなく強く、それをみごとに表現されているので読者は魅了される。いい詩集に出会えたので元気になりました。