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2021/1/17 20:20

77回答

BORUTOが嫌いです。 そもそもNARUTOの物語は平和を掴み取ることが目的でゴールでした。憎しみを取り除き、愛へと変える。

補足

よく、前作が成功しすぎた、とか懐古厨とか言われますが物語的にも続編にしては酷すぎる話でNARUTOは作者の物だと分かっているのですがファンからすると前作のキャラを侮辱されてるようにしか感じません。

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ベストアンサー

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ThanksImg質問者からのお礼コメント

マジそれな。

お礼日時:1/24 15:01

その他の回答(6件)

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そうゆう意味では鬼滅は良い終わり方をしたと思う。

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BORUTOはナルトの次の世代というサブタイトルがついています。 父ナルトが掴んだ平和な時代に産まれ恵まれた環境に育ち天才肌、ナルトとは真逆の存在がボルトです。 そのチートキャラのボルトがどう成長していくのか 平和な世界に強大な敵が現れたら一体どうなるのか…そんな事がナルトの次の世代への課題となってます。 ナルトの物語は忍が誕生する前からの愛と憎悪による負の連鎖がもたらす因縁や本当の平和を問うものでした。 ナルトで未回収だった大筒木一族の問題がボルトでどう回収されるのか 漫画での第一話冒頭のシーンで青年のボルトが言ったセリフも気になります…(これは俺の物語だ。ただ最初のほんの少しだけは父ちゃんと俺の物語だ。) どんな風にナルトからボルトへ世代交代していくのか最後まで見届けるのもナルト愛じゃないかなと個人的には思ってます。

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めっちゃわかります!!!! あまり大きな声で言えないですけど、僕もナルトファンで小学生の頃から追っかけてました。 そのため、ボルトが連載すると言う文章を見てそれはもう喜びました。が、実際蓋を開けてみたら“別の先生による、作者に許可をもらった同人誌”でめっちゃ萎えました。 しかも、初っ端からナルト死ぬし… そのためBORUTOはNARUTOを汚しているとしか思えません。 その上、自来也のクロォォン!?許せませんね。 そのため僕個人は質問者と近い意見です! でも、ボルトを見なければいいって言う意見もあると思うんですが、それは違うんですよね、元々ナルトが好きだったからボルトも見てるっていうところもあるから見るんであって……(うんぬんかんぬん) ↑多分わかる人にはわかってもらえると思う それなら、スピンオフとかでやってくれた方が良かったですね。 以上、ナルトスのコラやロックリー外伝は許せるけどボルトは許せない一般男性の独り言でした。 追伸、全てのナルト・ボルトファンに理解してもらえるとは思っていませんし、理解してもらわなくてもいいと思ってます。ただ、一つの意見として述べさせていただきました。 ただ……オイッ!質問者!岸本斉史先生を呼び捨てだとォ!!せめて、さんをつけろよデコ助野郎!!{ネタです。気を悪くしないでください)

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まぁ物語のメッセージはNARUTOとは大きく違いますよね。 両作品とも「平和の脅威に立ち向かう」という点では一緒ですが、NARUTOの時にはあった「敵にも正義がある」「憎しみの連鎖を止める」という深い味が、BORUTOでは感じられません。少なくとも今のところ大筒木はただの残虐な敵としてしか描かれてませんし、ただ強い敵の脅威に立ち向かっているだけのように思えます。 それに新世代を目立たせる為とはいえ、旧世代を弱体化させるのも正直あまり気持ちの良いものではありません。その他絵柄等々気になる箇所は程々に有りますが。。。 ただ、だからと言ってそれがNARUTOという作品への侮辱になったり、過去に戦死したキャラが無駄になるということはないと思いますよ。 他の方も仰る通り、NARUTOでのメッセージの1つは「平和維持の為に耐え忍ぶこと」です。それは、平和とは永遠不滅のものなどではなく、いつ何時脅かされるか分からないからこそ、日頃から耐え忍ばなければならないということです。「ナルトたちが平和を作った。よってそれからは何の障害も無く平和に暮らしましたとさ」などという展開はそれこそ夢物語です。 前作キャラが好きなら、どんな形であれまた彼らの活躍が見れると思ってプラスに捉えることは出来ませんかね…?或いはどうしても不快なら、それこそ作品から距離を置いて、興味が出たら読むというのは如何でしょうか?

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質問者

2021/1/18 0:32

ナルトが火影になり、どの先代をも超える功績を残す軌跡を辿れるならまだ見れました。それこそ、貴方の仰る通り敵にも敵なりのストーリーがあるならば。 実際は1話でナルト、サスケの死亡ほぼ確定、木の葉は壊滅状態。最近ではナルトの使ったら死ぬ謎の最終形態出たらしいじゃないですか。それで殺すのなら本当にNARUTOの続編には相応しくないと思うんですが。なんの感動もない。ガイの死門とは全然違う。 前作キャラを観れるのは楽しみにしてましたが大幅な弱体化、平和になって仕事が増えたからといって戦時中、うちはクーデター計画真っ只中、九尾による里壊滅時に火影を勤めてたヒルゼンや木の葉崩し後復興期に火影についた綱手の仕事量をも超え、自身が一番憧れてた家族を蔑ろにするナルト。こんな風に好きなキャラをわざわざクズにするような作品を見たいとは思いません

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NARUTOで最後に大筒木という人間を超えた存在が出てきたのは、未知の脅威はまだまだ存在し続けるから忍はこれからも研鑽を続けていかなければならないという意味があります。 人間は老いていきますから、次の世代が引き継いで戦うことになります。 当然、ナルトやサスケもやがて死にます。自来也やミナトや3代目のように。 ボルト達がナルトのした事を学び、憎しみの連鎖は生まずに忍の世界を平和に保つ努力をしていても、目の届かないところでまた憎しみが生まれることもありますし、宇宙人にはそもそもナルト達のしたことなど関係ない。 平和には終着点などなく、絶えず努力と研鑽によってのみ保たれるのです。 NARUTOにもそう理解できるように描いてあったと思います。そもそも、NARUTOでの平和は共通の敵と戦って生まれただけで、ナルトはべつに永久に平和になるシステムを構築したわけではありません。そんなものはありませんし。 私はボルトは読んでませんが、貴方の言う理由では打ち切る必要はないと思います。

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質問者

2021/1/17 23:52

カグヤはチャクラの実を食べて初めてのチャクラを持つ存在になったはずですよ。それなのに宇宙人が元々侵略する予定だったとか無理矢理すぎたと思うんですわ。 宇宙人には今までのことなんて関係ない←これが許せないんです。今まで散った者たちの意味がこの一言で全て無くなります。もちろん物語含め。 ナルトが平和のシステムを作ったなんて思ってません。第四次忍界大戦を乗り越えて忍界での平和の枠組みが構築されたんです。 平和は絶えることのない努力と研鑽によって出来上がる。それがどの火影をも超えるという初期から言ってるナルトの役目のはずです。 その積み重ねを突発な宇宙人設定で壊すのが意味わからないんです