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2021/1/21 2:13

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死とはすべての苦しみからの解放でしょうか?

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死について説明します。 死とは何でしょうか。死んだ後私は何かを感じるのでしょうか。 その為には、私は誰なのか考えなくてはなりません。大抵の人は、これが私ですと自分の体を指すでしょう。 では仮に、手が切り取られたらどうでしょう。手と残りの体とでは、どちらが私でしょう。手は私では無く、残りの方が私ですと答えるでしょう。では首が取れたらどうでしょう。首の方が私ですと答えるでしょう。では脳を取り出したらどうでしょう。脳の方が私ですと答えるでしょう。では脳を半分に切ったらどうでしょう。どちらが私でしょうか。脳を切り刻んだらどうでしょうか。どれが私でしょうか。脳の中のどの部分が私なのでしょうか。 そもそも、体の中の物質は、3年に一回全てが入れ替わっています。では、3年後の私は私ではなくなっているのでしょうか。 赤いとか熱いとか感じているのが私です。では、赤い熱いと言う感じは、物質でしょうか。赤い色は、心の外の世界には存在しません。物質の表面に当たって反射する光の波長が存在するだけです。 では、音はどうでしょうか。外界には、色々な波長の空気の振動があるだけです。私たちが感じている様な音は存在しません。 この様に、心が作り出したものを取り去ると、何も残りません。従って、赤い熱いと言った感じは、物質ではありません。幾ら科学が発達して、全てを見ることが出来る顕微鏡が出来たとしても、脳の中を覗いたところで、熱いと言う感覚を見ることは出来ません。触ることも出来ません。ただ、私が感じるだけです。物質ではないものを感じている私も物質ではありません。 私の感じている世界は、私が心の中に作り出したものです。心の外の世界がどうなっているか、私には全く知る術がありません。しかし、心は外界に出来る限り似せて、心の中に世界を作り出しています。 例えば部屋の中で、テレビを見ている様なものです。テレビは、実際の現場に似せて場面を作り出しています。しかし、決して現場そのものを見ている訳ではありません。あくまでも、テレビが作り出した場面を見ているだけです。 部屋の中にいる限り、外の現場を直接見ることは出来ません。 テレビを見ているのが私です。決して、テレビが私なのではありません。 テレビが壊れても、修理すればまた見える様になります。見ている私が壊れた訳ではありません。 もし、見ている私が壊れたのであれば、幾らテレビを修理しても元通りに見える様にはなりません。テレビを修理して、元通りに見える様になったと言うことは、私自身は何も変わってはいなかった事を証明しています。 同様に、もし病気で脳が壊れて、何も感じなくなったとしても、医学が発達して、脳を直す事が出来る様になれば、また私は前と同じ様に感じることが出来る様になるでしょう。 この事は、私は何も変わっていなかったことを証明しています。病気をしても、年を取ってボケても、そして死んでも脳を元の状態に戻せば、元通り感じることが出来るので、私自身は何も変わってはいません。 ただ脳が信号を送らなくなったので、何も感じなくなっただけです。テレビが壊れて直せなくなっても、新しいテレビを買えば元通りに見ることが出来ます。脳が死んでなくなっても、新しい脳が私に信号を送る様になれば、また元の通りに感じることが出来ます。 科学が発達し、かつて脳を構成していた、物質を掻き集めて、元の通りに組み合わせて、脳を作ったら、また、私は元の通り感じるようになるでしょう。 私自身は、生じるものでも無くなるものでもありません。穢れるものでも、清くなるものでもありません。増えるものでも、減るものでもありません。宇宙の初めから存在しており、宇宙の終わりまで全く変わらずに存在するものです。 死んだ後の状態は、生まれる前の状態と何一つ変わりません。何か違いを指摘できるでしょうか。 生まれる前の状態から、人は生まれてきました。死んだ後の状態から生まれることは、何ら不思議なことではありません。 「不生不滅不垢不浄不増不減」です。 質問者さん、この様に脳が死ぬと精神である私に刺激を送るものが無くなるので、私は何も感じません。新しい脳がまた私に刺激を送る様になると、私はまた元のとおり感じる様になるでしょう。 死んだら、気が付くと母の胸に抱かれていることに気が付きます。誰しもそうです。ですから、死んだ人にもまた次の生或はその次の生で出会えると考えます。 詳細は、下記のホームページを参照下さい。 http://catbirdtt.web.fc2.com/sitohananika.html

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死んだら何にもかも、終わると思うのが間違いなのです。 死ぬ5分前と死んだ後の5分は 全く同じだと言います。 自ら死んで物事が解決すると思わないほうが良いですね。 今の問題をそのまま来世に持ち越す事を意味しています 自殺と言う事は 辛い現実からの逃避の事なので 死んで逃げようとしても 逃げられないのです。 それは、来世で再度同じような事が起こるからです。 正確には自分で同じような来世を選択する訳です。 自殺をするとその時の強い思い・・・ これが死の直後から大きな影響を貴方に与え それが貴方の現実となります。 死と言うのは 正確には魂が肉体から離れた時と言う事で 貴方はその直前の思いを強く持って あちらの世界に足を踏み入れる訳で その直前の思いとは 「これで全てが終わる・・・」 「これで死ねる!・・・」 「もう直ぐ死んで思考えが消える・・・」 「もうすぐ死ぬはずだ・・・」 等ですかね? この時の思いを引きずって 何時までたっても死なない自分を不思議に思うのです。 死に至る行為を何回繰り返しても死なないのです。 そして地縛霊になったりします。 死んでもそのままです。 自殺者の死後は反省と後悔が続きます。 普通に天寿を迎える人は次の人生で それまでとは違った感情体験を学ぼうとしすが 自殺の場合は その人生で学ぶべき事柄を学んでいない事になります。 長い反省の後 自分が克服しておかなければならなかった問題(宿題)が あった事に気が付き その問題は克服しないと終らない事も知ります。 問題(宿題)を残したままでは次に進めないと言う事です。 次の転生では必ずその問題を克服してみせると 言う決意のもとに 指導霊に転生を求めます。 と言う事は今と同じ圧力(問題)を 次の転生でも味わうと言う事です。 この繰り返しの循環を無限地獄と言う人もいますが 実際には本人が決めている 輪廻転生のサイクルの事です。 「500に及ぶあの世からの現地報告・・・」 http://www5e.biglobe.ne.jp/~spbook/life-after-death/index.htm と言うタイトルの本です。 若い時には死について考える事が多いですね しかし、 若い時と言うのはまだ理性の発達が終わっていません。 男性では30歳くらいにならないと前頭前野の発達が終わらないと言います。 前頭葉、眼窩前頭皮質、偏桃体の事です そういう時に理性を欠いた行動に出てしまうと言う事が いかに愚かな行為だと言う事が まだ解らない年齢だと言う事です。 自殺した霊の話として 和yogiさんの動画で公開しています。 ここでは「振り返り」の事は省かれていますが おおむねこう言う風に進んで行きます。 飯田文彦の本からの動画 https://www.youtube.com/watch?v=ZX3U8q58RpM 自殺した霊が救われたスーパーボランティア《飯田史彦》(25分) 因果応報と輪廻転生は学校で教えた方が良いですね。 この事を教えて無いから 自殺が後を絶ちません。 https://alcyon.amebaownd.com/

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誰からも体験報告がきちんとでてないから、残念ながらわしらには確認しようがないんじゃよ。

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因果の精算かな。 個人、精算できない分苦しみや恐怖は感情として顕れる。 それでも足らなければ死後、生命の優劣に苦しみを残すのだろう。 平等とは言えない生まれは感情が揺らぐ因果の指針は有るのだと定めておかねば易く在るばかりで優れ恐れを絶つに叶わないだろうから。 解放される物が何なのかも合わせ想像に理解を求めるには個人責任を持って思考し想像の制限を外して行かねばならないのだろうね。

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