明治時代の国民国家形成について

日本史 | 歴史24閲覧

ベストアンサー

0

ThanksImg質問者からのお礼コメント

ありがとうございました。

お礼日時:1/30 15:45

その他の回答(3件)

0

とても興味深い考察でした 自分もそこは考えたことがあります やはり日本には天皇がいたという事が大きかったと思います 源平の昔から政治は必ず天皇の元で行われてきました 戦国時代以降、天下の争奪は幾度も行われてきましたが幕府の上には必ず天皇が在りました だからいつの世も日本人はそれ程戸惑わなかったように思います 江戸幕府が消えて明治内閣が出来たとしてもそこが変わらなければ混乱は納めることが出来たという事だと思います 主君の天上にはいつも天皇がいたという事を認識していたとすれば それらはある意味当然だったのかもしれませんね *天皇が人間だとされたのは敗戦後ですから それまでは現人神として認識されていたのだと思われます 姿形は人間でも存在は神様と同意くらいには思われていたんじゃないでしょうか

0

1,織田信長、豊臣秀吉、徳川家康による天下取りは、東海地域の武士達による日本征服という一面もある。尾張人や三河人に支配された地域が多い。 2,検地と大名の引っ越しによって、近世大名は戦国大名ほども地域性は無い。 3,武士は土地のためなら、神仏にも弓をひく。農民はスキ有れば、田畑を寺社から奪う。宗教心が薄く、宗教による民族の成立と分断は無かった。 4,異民族に征服されることによる分断も無かった。ヨーロッパはローマ帝国に征服された所とされなかった所の文化が違う。 5,古代より一貫して天皇制が続いており、精神的には統一王朝が続いた。 6,アイヌ文化と沖縄文化は、規模が小さすぎて自立しがたく、本土に飲み込まれた。

0

国としてまとまっているのではなく藩や地元への帰属意識を全て破壊されて、最小の核家族、個人単位に分断されているのだと思います。