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ずっと隼は零戦に劣る戦闘機だと思ってたんですが、防弾性能が零戦より上だったり、

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回答(14件)

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何を以て優劣とするかが人や分析目的によって違いますからね 隼は大活躍と言える戦線が零戦に比べれば少ないんですよ。大陸で中華民国軍と戦うには十分すぎる高性能な一方で、英豪蘭の航空隊は戦力自体が少なく活動が活発でない。反攻作戦後の米軍と戦う頃には正面の前線は疾風とかに更新されていたり、そもそも数的差が大きすぎて隼の活躍の余地があまりないのです。じゃあ防弾が凄かったかと言えば、確かに零戦よりはありますが連合軍機ほどでもない ただ、仰るように、前線の仮設空港で頻繁に短距離の出撃を繰り返す陸軍戦闘機と、限られた数の海戦で限られた空母艦載機数の範囲で搭載して洋上を多目的に遠征攻撃する海軍艦載戦闘機では求められるステータスが違います まぁ、それでも優劣をつけるとしたら?っていうのが評価したい、あるいは聞きたい人たちの性なんですけどね

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後の海軍零戦の開発依頼に中島は要求仕様に 難色を示したというが、さてっ。 コンセプトは確かに異なる。 陸上発進機との差異だけでは無いであろう。 ただ、海軍出身の中島知久平…どこか海軍から裏切り者 (陸軍機多く造ったから?)な側面も微妙に絡むのかもしれない。 ただ、隼の初期型(要求だけの問題では無いのだけど、 翼の構造絡み)では翼内銃を搭載出来ないとかで 武装自体は非力である。 また、陸上発進機なのにそこまで必要か?な、 重量制限で三枚プロペラを(初期型では)拒否ったとか 陸軍側にも要求に問題はあったようではある。 当時、格闘戦に海軍以上に執着してたそうで… 格闘性能が(速度の遅い)九七戦に劣るという事で あわや不採用になりかけたとの話もあったっけなぁ。 そう、それにしても隼は初期型から防弾(対7.7mmとは言え) もあった(現場では軽量化の為外したってな話は置いとこう)。 海軍、主要空母がボカ沈食らって云々はさておき、 ベテランパイロットの生き残りが多かったというのも絡んで 隼は割と驚異であったとの話もある。 ただ、陸軍はあっさりと重戦へ以降したもんだから (早急に飛行場も不整備多い悪環境に着陸速度も早い重戦は 不評だったとも聞くが)そういう意味では切り替えは早かった? 艦上戦闘機と同じに語るわけにはいかないのは重々承知であるが。 マ弾の使用…こいつはさて、どうだったっけかなぁ~? ある種、零戦が有名過ぎるんだと言える。 尚、隼は「加藤隼戦闘隊」の歌もあった程だから 当時の国民への知名度は確実に零戦より高かったハズ (型番ではなく、愛称の効果もあろう。 故、零戦以後…海軍も愛称をつけるようになってったっけな)。 少なくとも、性能差が零戦に対し劣るとは言い難い戦闘機だ。 若干遅いとか、上記したように武装が非力(20mmが 零戦初期型のは弾数も初速も不満足だった云々は どこまで知られてるのだろうか?)ってのはどうしても 目にはつくけどもねぇ~。 画像は「はやぶさ」ですが、 あの隼と無縁では無いって知ってますかぁ( ´ー`)y-~~ しょっぽクン

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海軍が零戦ではなく一式戦を採用していたら戦争にならないことだったでしょう。 逆に陸軍が零戦を採用していたとしても、戦争の遂行には全く困らないことだったでしょう。 一式戦で対抗できた敵機に零戦が対抗できないという事は一切無い。そして、一式戦で遂行できない作戦でも、零戦なら遂行できる局面が生じる。 逆に零戦で可能だった作戦行動でも、一式戦では遂行できない局面は存在してしまう。遠距離侵攻戦や対大型機相手だと一式戦は使い難い。 どちらが優秀だったのかというのなら、そういう事です。

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世界的知名度では零戦はありますが、だからと言って一式戦「隼」はけして零戦より劣る戦闘機ではありません。 どこの国もそうですが、陸軍や海軍の求める戦闘機には違いがあるのは当たり前です。 隼は少なくても二型以降は零戦より防弾装備が充実しており評価も高い。 これは、海軍より早く近代的な航空消耗戦「ノモンハン事件」で大量にパイロットを失った戦訓からきました。 それに米英の評価では、隼に関しては零戦に比べ火力は劣るが、運動性、加速・上昇力は高く低高度においては手強い相手と評価されている。 (特に戦争後半では、零戦より隼の方が油断できない相手と感じていたようです。) あと、博物館に飾られているから必ずしも優秀機という証とはなりません。

あまり知られてないようですが、隼二型あたりから、背中(頭から背中で)の防弾板は12mm程度あり、これはP-51の頭部11mm,背中8mmより厚く、実際に米軍の12.7mm弾を受け止めた話もあります。 (ちなみに四式戦「疾風」は13mmありました。) 日本の陸軍機は後ろから撃たれてもなかなか落ちない為、米軍も12.7mmでは火力不足と感じていました。

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※ 日本海軍が出した零戦の要求性能が高すぎて「中島飛行機」は、開発は無理だと降りてしまった。【零戦:十二試艦戦】に対する海軍の要求性能は、堀越技師らが「ないものねだり」と評するほど高く、中島飛行機は途中で辞退して↓零戦は三菱の単独開発と成った。https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9B%B6%E5%BC%8F%E8%89%A6%E4%B8%8A%E6%88%A6%E9%97%98%E6%A9%9F ※ 零戦の生産数は10,430機だが、本家の三菱が3,880機に対して、隼の中島が零戦を6,546機も ライセンス生産(二式水戦の327機も加えると中島製「零戦」のライセンス生産数は6,874機) それだけ零戦の格闘性能が圧倒的で、ライバルの中島に、ライセンス生産を命じなければ、 零戦の製造が間に合わなかった。 ※【"ラバウル航空隊↓69対0の記録"】昭和19年1月17日 https://www.youtube.com/watch?v=QoDmXXK5rE8 昭和19年の初頭でも↑この無敵さ。ラバウルの零戦20~30機を、 米軍は1000機と見誤り↓米本国に増援を要請している。https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B2%A9%E6%9C%AC%E5%BE%B9%E4%B8%89#%E3%83%A9%E3%83%90%E3%82%A6%E3%83%AB%E6%96%B9%E9%9D%A2 米軍は、損害が多いラバウル攻略を止め、迂回して孤立させる作戦に変更した。 ※ 無敵零戦も【”アクタン・ゼロの鹵獲”】により、米軍は対抗策として 【”3つのネバーNever”】を徹底し↓零戦と格闘戦をしなく成ってしまった ➊ 零戦と格闘戦をしてはならない。 ➋ 背後を取れない場合、時速300マイル以下で零戦と空戦をしてはならない。 ➌ 上昇する零戦を追尾してはならない。 の↑3つの勧告を、零戦との空戦が予想される全てのパイロットに対して行った。また、優位高度からの【一撃離脱戦法とサッチウィーブ】と呼ばれる編隊空戦法が、米軍に広く普及することに成った。https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9B%B6%E5%BC%8F%E8%89%A6%E4%B8%8A%E6%88%A6%E9%97%98%E6%A9%9F#%E9%9B%B6%E6%88%A6%E9%B9%B5%E7%8D%B2%E3%81%A8%E5%A4%A7%E6%88%A6%E4%B8%AD%E6%9C%9F ※ 隼の中島がライセンス生産した零戦は6,546機 (5,751機生産した隼より多い)。 (二式水戦の327機も加えると、中島製「零戦」のライセンス生産数は6,874機)。

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