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2021/2/28 7:58

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ヒトラーやドイツ軍上層部が何故スターリングラードを攻略したかったんですか?モスクワやレニングラードでは?

世界史 | ミリタリー194閲覧xmlns="http://www.w3.org/2000/svg">25

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ヒトラーは当初、モスクワが最終到達地点でスターリンも覚悟を決めて首都から離れなかった。 グデーリアン率いる第2装甲軍団はモスクワへ向け進軍を開始するが補給が延びきった状態とロシア冬将軍の到来で動きが停止するとソ連軍のカウンターをもらい退却することになる。 このモスクワ攻防戦は天候に助けられたとはいえ、ソ連がアメリカからのレンドリースがまだ行き届いていない中で自力で跳ね返した一戦でもある。 目標をスターリングラードンに変更したかは定かではないが、ソ連の装甲車両がやっかいな存在であったためにバクー油田を確保して動きを止めるねらいがあったようです。

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もともとは1942年のドイツ軍の夏季攻勢である「青(ブラウ)作戦」はバクー油田を目指したものでした。 しかしヒトラーがソ連軍の抵抗を甘く見て、バクー油田とスターリングラードへの侵攻という両面作戦とした事でドイツ軍の戦力は不足します。 このためドイツ軍の進撃はバクー油田よりも遥か手前で食い止められて青作戦は失敗に終わります。 ところが作戦の失敗をヒトラーが認めず、スターリングラードの攻略に固執した結果、泥沼の市街戦となって最終的に惨敗する事になります。 モスクワは前年の攻略作戦が失敗しており、スターリングラードは包囲に止めています。

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スターリングラードは重工業の中心地でトラクター工場と言われる戦車工場などは戦闘中も稼動を続けていた。次にスターリングラードはボルガ川に面しており、ここを抑えれば石油などを中心とするカスピ海〜モスクワ方面の巨大な水上物流を遮断できる。最後にバクー方面に進撃する部隊の進撃路、補給路の側面を形成しているのがボルガ川とスターリングラード。そこに敵の拠点となる都市を残したくなかった。実際、その方面からの大反撃でドイツ軍は壊滅的な損害を受けた。合理的理由はこのくらい。スターリンの名がついてるからというのは、まあプロパガンダレベルの与太話。

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ヒトラーはアジテーターで演説が上手いだけ。 戦争、戦闘には素人です。 軍がしりごんだのにソ連攻撃を命じた。 3ヶ月で終わると。 だから41年、モスクワに軍を向かわせたのは 雪が降り始めた10月。 42年、モスクワに近ずけなくなり、このためここに こだわったのです。 案の定、包囲され大敗してしまいました。