日露戦争当時の日本の風刺画で日本がロシアと戦うようにイギリスがけしかけられたというのが本当ですか?それを傍観するアメリカ、戦費はイギリスからの借金で最新鋭の戦艦はイギリス製です。

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いいえ。そんな事実はありません。 日本はロシアに南下政策があり、朝鮮半島を欲しがっているので、日本側に強気で交渉してきていると思ってました。 ロシア側は南下政策なんかなく、モンゴルに進出する事に夢中で、日本が朝鮮半島を手に入れてモンゴルにちょっかいを出してくるのではないかと疑い、国力差から戦争にはならないだろうと強気で交渉をしていました。

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今から100年前に起きた日露戦争では、すでに戦争におけるイメージ戦略が重んじられ、報道ジャーナリズムが世論形成に大きな役割を果たしました。その意味では、日露戦争はきわめて現代的な戦争だったと言えます。 日露戦争はその後の日本の運命を大きく変えたばかりではなく、世界史的にも大きな潮流を生み出したと言われています。それは白人人種の優越神話にひびを入れることです。日露戦争は近代になって、はじめて有色人種が白色人種に勝利した戦争でした。 そのためイギリス支配下のインドでは、日本への関心が急速に高まりました。またロシアの圧力に苦しんでいたフィンランドやポーランド、トルコの人々をも勇気づけたとされています。 その一方で、戦時中の日本政府は欧米の世論に気を遣い、「人種戦争」「宗教対立」というイメージを抑えることに細心の注意を払いました。 欧米列強諸国の協力なしには、戦費調達から軍事物資の補充、講和交渉、そして戦後処理など有利に運べないと分かっていたからです。 非キリスト教徒の有色人種が台頭するのを、欧米人は「黄禍」と呼んでいました。ドイツ皇帝ウイルヘルム2世は、ロシアの関心を極東に向かわせることに腐心し、黄禍阻止の守護者としてロシア皇帝を称える寓意画を、ロシア皇帝に送っていました。 日本はこの戦争を、ロシアの侵略に対する自国の防衛ラインを守るための戦争であり、一種の防衛戦争だと宣伝しました。また、日本は議会制度を持った立憲国家であり、ロシアのような専制君主国家とは異なるという宣伝を、とくにアメリカ世論に向けて発信し続けました。「自由」対「暴君」の戦いという、いかにもアメリカ好みの宣伝が行われたのです。 一方、ロシア側は日本を「大男にかみつく子犬」「鷲に挑むトンボ」であると宣伝しました。緒戦では日本が戦局を有利に進めていましたが、やがてはロシアが勝利するとアピールして、戦時国債の下落を防ごうとしました。 ちなみに当時、親露的立場に立っていたフランスやドイツでも、日本人を蔑視する風刺画が頻繁に描かれましたが、そのなかでロシアは鷲、ドラゴン、熊などで表象され、日本はトンボ、子犬、モグラとして描かれました。 「気概だけの無分別な弱者」というのが日本のイメージでした。日本側は、この「弱者」イメージを逆手にとって、「小さいながらも、横暴な巨人に挑む勇者」というイメージを喚起しようと利用したりもしています。 新聞・雑誌には、でっち上げのスクープを載せたり、誤報が載ったこともありました。胡散臭い「美談」やきわどい風刺記事となれば、もう日常茶飯事でした。 日本がイギリスにけしかけられて日露戦争を始めたという風刺画もこのような日本の風潮のなかの一つになります。日本はイギリスを味方につけたいという事情があったことは確かですが、けしかけられたということはありません。 詳しくは、長山靖生「日露戦争」(新潮新書)が参考になります。

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英国の支援を受けられたので、 ロシアに勝てた・・・という感じですね(^^) 英国を味方に付けられたのも、 英国人から「東洋のネルソン」と称えられる 東郷平八郎のおかげです(^^)/