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2021/3/5 1:24

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ウェストファリア条約で新教徒は個人の信仰は認められましたか?

補足

ドイツでの話です。個人の信仰も場所によって違ったり、反故になった、と言った話があれば教えてください。

世界史 | 宗教16閲覧

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プロシア王のフリードリヒ2世が啓蒙思想から宗教的寛容の実践に務めたのは、彼自身が同性愛者だったからです。彼は教会敷地に葬られることも拒否しました。しかしフリードリヒが亡くなると、次の王フリードリヒ・ヴィルヘルム2世はヴェルナーの助言え反啓蒙主義政策をすすめて、わずか2年後に不寛容勅令をだして、前王の業績を取り払ってしまいました。

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条約では、ハプスブルグ国家内では、アウグスブルグの宗教和議の路線通り、君主のみ信仰の自由が許され、それ以外の領域ではより広範な自由が認められました。 ただしドイツにおいて個人の信仰の自由が広く認められるようになったのは、プロシア王国が積極的にユダヤ人やユグノーを受け入れ経済発展を目指したことと、啓蒙主義の広がり、啓蒙専制君主の登場を待つこととなります。

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質問者

2021/3/5 10:18

ありがとうございます。啓蒙専制君主は個人の信仰に寛容だったわけですか。フリードリヒ2世はそうだったのですか?