「退化」について 生物進化学に関する書籍を読み、自然淘汰説の概要を知り、用不用説が間違っていることを理解しました。

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不要な眼の構造を作るためのエネルギーと資材は使わない方が生存のために有利だったのではないかと推測します。本当にあってもなくても良いものなら退化しないはずです。

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「あっても無くてもいいものなのだから保持したままでも」、また保持せず、別の形質に変容していくのでもあり・・・これが進化論です。 進化は行き当たりばったりであって、どう転ぶかは偶然です。 合目性も合理性もなく、ただただ形質の変容ですよね? だから、目が私たちにある理由は明るいところで暮らしているからではなく、目という器官が(偶然に)発現した結果、その器官を利用するようになったってだけであって、もとから無ければ、そういうもんだってことで、植物や多くの目以外の感覚器で生きてる動物のようにいるってだけです。 >目が無いことが生存や生殖に有利なのでしょうか? 有利不利でみないんですよ。 あくまで結果論であって、どんな形質もイーブンです。 進化は直線状に進むのではなく、無方向に多相的・複合的に進み、かつ錯綜していますから、瓢箪から駒で起きるのが常です。 (模式図にすると3D状に広がり乱麻のごとく絡み合います。教科書にある進化の系統樹は、あくまで学習上の理解のための模式図であって、あれはウソも同然なんです) なので、生命はニッチとよく言いますよね? たいていの形質は(目がないでも)、どこかに割れ鍋に綴じ蓋式に、その種が棲息できるところがあるからです。 この生命は競合を避けていき、多様性の獲得によって繋いでいくっていうのが、現在の生命観です。 >自然淘汰説の概要を知り 現在の生命科学では、淘汰圧はあまり大きな因子とはみなくなっています。 未だに弱肉強食や優勝劣敗を自然の摂理だとか、進化の仕組みと捉えがちな人がいるのは、淘汰っていう「合理性(昨今の言葉だと「生産性」)を生命に充て嵌めるのは無理が多いとみるようになったからです。 合理性ってのは、つまり人間の価値観のスケールで決めていることでしかないってことです。

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眼は非常に傷つきやすい器官です。見えないと当然まわりの物に接触し傷つき、生存に確実に不利に働きます。ですから、目が小さい方が生存に有利となり、結果、眼ごなくなる方に進化します。退化も環境に対応した進化の一つなのです。