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2021/4/14 13:00

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家族内の宗教問題について質問させていただきます。

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質問者2021/4/21 11:40

皆様色々なご意見本当にありがとうございました。

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まず事ある度に信教の自由と騒ぐのは創禍信者だけです信者達は悪質で強引な 布教をしたり生まれてすぐ子供を入信させたり従わない者や批判者や脱会者に 組織ぐるみで報復したりと自分1人で信じていればいいのに人に迷惑をかけ誰 よりも信教の自由を侵害しやりたい放題してるのは創禍信者なのをお忘れなく

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現今の浄土真宗が正しく親鸞聖人の教えを伝えていればあなたの ような人は有り得なかったかもしれません。 まず創価学会は仏教ではありません。 仏教を説かれた釈尊を「脱仏」「脱益仏」として葬り去っている からです。 これはとんでもないことです。 創価学会が仏教でない根拠を 二つほど挙げておきます。 1.「南無妙法蓮華経」の七文字は一切経のどこを開いても七文字は ありません。『法華経』にさえ無いのですから他のお経にあるはず がありません。 2.日蓮の言った「念仏無間」も『一切経』に出ていません。 有ったら1億円差し上げましょう。 日蓮の言うように「念仏無間(念仏称えている者は無間地獄だ)」 ならば、釈尊がご臨終の父王に念仏三昧を勧められるわけが ありません。 『観仏三昧経』に釈尊が父王に念仏三昧を勧めていられることが 出ています。 3.五時八教のデタラメ。 『華厳経』に祇園精舎が建っています。 また舎利弗目連が登場します。 釈尊成道後二十一日間でありえないことです。 『阿含経』に釈尊ご入滅の相が出ています。 五時八教ならば『涅槃経』にこそ釈尊入滅の相が出てこなければ なりません。 4.『法華経』とはどんな人のために説かれた経典か? 「この法華経は深智の為に説く、浅識はこれを聞いて迷惑して 悟らず、一切の声聞及び辟支仏は、この経の中においては、 力及ばざるなり」(法華経 譬喩品) 「無智の人の中に於てはこの経を説くこと勿れ、もし利根に して智慧明らかに多聞強識にして仏道を求むる者あらば、 かくの如き人の為に説くべし」 (法華経 譬喩品) 法華経を説くものは室・衣・座の三軌を守れとある。 簡単に言うと 室…一切の人々に大慈悲をもって接しよ。害心もって向かって くる者あらば一人子のように思えとある。 衣…如何に苦しくとも笑ってしのべとある。 座…一切のものに執着を断てとある。 この室・衣・座の三軌が完全に守れてこそ法華経を説くこと が出来るのだ。とある。 ここでハッキリさせておきますが、日蓮は「南無妙法蓮華経」と 唱えるだけで『法華経』を拝読したことと同じ功徳が得られると した。 南無妙法蓮華経と唱えるだけで『法華経』を読んだ、修行した ことになると日蓮はいっているがそんなうまい話があるはずが ありません。 『法華経 法師品』には「難信難解第一となす」とあります。 こんにち、全人類の中、修行しても浅識の者が智慧利根、 深智にはなれる道理がありません。 「法華経如来寿量品」には 釈迦自ら「私は百千億那由陀劫の昔に仏になった」とあるが 無始久遠ではない。限られた数量である。 阿弥陀仏という仏は 『大無量寿経』異訳に「かの弥陀如来は来たって来たるところなく 去って去るところなし、生無く滅なく、過現未来にあらざるなり」と 無始久遠の仏であることを説いておられる。 よく創価学会の人が鬼の首取ったように言っているのは、 釈迦は久遠の仏なのに、阿弥陀仏は十劫の昔に仏に成ったと 言っている。釈尊は弥陀よりもっと仏に成られて永い。という。 我々に見せて教えられた姿 釈迦如来…三十五歳で成道なされた。 阿弥陀如来…十劫の昔に成道なされた。 本当は、 釈迦如来…「百千億那由陀劫の昔に仏になった」と告白なされた。 阿弥陀如来…「かの弥陀如来は来たって来たるところなく 去って去るところなし、生無く滅なく、過現未来にあらざるなり」 『法華経』 ではなぜこのような難信難解第一の法華経を釈迦は説かれたのか。 出来るとうぬぼれている我々にやらせてみてとても法華経の器 でなかったと知らせるためです。 〇他力仏教について。 他力と聞くと他人依存的と世間では言われているが室・衣・座の 三軌もできぬ我々凡夫は弥陀の本願以外に救われる道無しと釈尊が 教えられたお言葉が、『大無量寿経』の 「一向専念無量寿仏」である。 阿弥陀仏一仏を信じよ!阿弥陀仏一仏に向きなさい!これ以外に 十方の衆生の救われる道はないと教えられたのです。 『法華経 嘱累品』には 「この法華経を信じえないものの為には如来の余の 深法を教えよ」とある。 法華経以外に真実の教えのあることを示唆されている。 深法とは 法華経はじめ一切の経典は滅尽するときが来る。 このことは『大集経』『華厳経』などに説かれている。 しかし釈迦は「弥陀の本願を説いた『大無量寿経』(深法)だけは 永遠に残る」と大経巻末に説いておられる。 日蓮が尊敬し、祖と仰いだインドの龍樹菩薩の『十住毘婆沙論』に 「この龍樹は阿弥陀仏の浄土に往生する」と仰っています。 日蓮の言葉「三師」と言えば〇釈迦、〇天台(智ギ)、〇伝教ですが 中国天台(智ギ)は『摩訶止観』の中に 「諸経所讃多在弥陀」と言い阿弥陀仏を褒めちぎっています。 伝教も臨終に観無量寿経を手にして 「弥陀の浄土に生まれたい」と言っています。 ただ、念仏を誹謗した日蓮は弘安元年に書いた手紙に 「余経も法華経も詮無し」と言って一切経を否定しています。 日蓮本仏論はここから来ているのかも知れない。 地獄しか行き場が無かった」と実地知らせて「極悪最下の私を 救いたもう仏は阿弥陀仏一仏しかなかった」と弥陀の救いに あわせる為の方便のお経が法華経です。 方便というと創価学会さんらはウソと解釈していますがウソで はない。 『大無量寿経』へと導きいれるためにどうしても必要な教えと いうことです。 しかし『大無量寿経』という真実経が説かれたから、『法華経』 から離れて一刻も早く『大無量寿経』に入るべきです。 『法華経』が唯一の真実経とするために天台の智ギは五時の教判をあみだし、『法華経』が最後に説かれた。とした。 仏の悟り…成道35歳説が今日定説であるがその説を取ると すれば「四十余年未顕真実」(40余年間、真実を説かなかった)と 解釈しているが、百歩譲るとして、 35歳+41歳~44歳=(76歳~79歳)+8年では (76歳+8年=84歳)…(79歳+8年=87歳)に入滅となる。 今日、80歳入滅が定説である。大きく年齢がはみ出すから、 成道30歳説を取らざるをえなくなるから、彼らはこの説30歳説 から絶対に譲れないのだ。 ボタンの掛け違いから、すべてが狂ってくるのです。 頭削って帽子に合わせているのが現在の創価学会が最も顕著な ところです。 だから創価学会以外はすべて邪教という図式ができあがるのだ。 まだまだ書きたいことは山ほどありますがこれくらいにいたします。 阿弥陀如来は 「我を信じよ!必ず生きている今正定聚の菩薩の身に救い、死ねば 弥陀の浄土へ必ず往生させる。もしできなければ私は仏の座から 降りる」と約束なさっています。 救われる道は「阿弥陀仏の本願を真剣に聞く一つ」と釈尊は聞法を 勧めていられます。 まず創価学会をやめて浄土真宗親鸞聖人の教え真剣に学ぶことです。 https://true-buddhism.com/

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大変ですね。破折材料をしっかり持った方が良いですね。 ①阿弥陀如来は仮説における釈迦の仮の姿の一つであり、方便であることはご存知の通りだと思います。その存在は”未顕真実”と釈迦自身が否定しています。 ②また、浄土三部経以外は”捨てよ”と言っているので、当然ですが教主釈尊の説法の大部分を否定している事になります。 ③他力本願も釈迦自身が否定していますね。 ④釈迦の悟りの真意は”随自意”・・・自力本願であり、自分の意のままに力強く生きるという事。 ⑤死んだら仏になる・・・幸せになる為の宗教なのに、これでは全く意味がありませんね。 つっこまれたら、これで破折です。つっこまれないうちはそっとしておきましょう。 その上で、家族の幸福をとことん祈ってみて下さい。時間はかかりますが、よき理解者になって頂ければ良いのです。必ず思いは通じます。そしてあなた自身が立派に変わった姿を見せるのです。必ず家族も変わります。

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創価学会は日蓮正宗を破門された団体、浄土真宗で唱える念仏はお釈迦様の仮の教えです。 仏様の意に背く宗派同士で上手くいく道理はないと思います。

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解決方法は簡単です。 以下に書いている内容を 双方で読みあって確認すればよいのです。 宗教の本来の目的は、人間が幸福になることです。 宗教は、人間が幸福になるための手段なのです。 目的は人間の幸福です。 これを履き違えているところに、様々な摩擦ができてきます。 だから、宗教のことで家庭内でもめるということは、 目的と方法を本末転倒した愚かなことです。 宗教によって家族が不幸せになっているのですから。 どちらも、双方の宗教の教えに反していることになります。 こんな宗教の根本の意義に反した愚かなことはやめましょう。 まして、日本では基本的人権として、信教の自由があるのです。 家族であったとしても、個人の信教は自由です。 これが現代の人権意識の常識です。 そうすると、これからは、お互いに、 お互いを不幸にするような宗教の話はやめましょう。 それが宗教を持っている人間のあるべき姿です。 そしてお互いを尊敬し合いましょう。 以上のことを確認すればよいのです。 特別なことではありません。まさに現代人の常識と言えることです。 なお、その人にとって、その宗教がよかったかどうかは、 長い人生でみれば、 口で言わなくても現実として明らかになるものです。 下記など参考に。 http://www.soka3.com/archives/5253594.html

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