零戦は、皇紀2600年に当たる昭和15年に採用されたので零式になったそうですが、

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ご回答ありがとう御座いました。

お礼日時:4/19 9:43

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帝国海軍 九〇式艦上戦闘機:1930年(皇紀2590年)昭和5年 九五式艦上戦闘機:1935年(皇紀2595年)昭和10年 九六式艦上戦闘機:1936年(皇紀2596年)昭和11年 1929年(皇紀2589年)以降~1942年(皇紀2602年)の戦闘機の制式採用機は「皇紀年号下2桁」+式+機種名 で、1929年(皇紀2589年)の「八九式」から1942年(皇紀2602年)の「二式」まで用いられました。 帝国陸軍 九一式戦闘機:1931年(皇紀2591年)昭和6年 九二式戦闘機:1932年(皇紀2592年)昭和7年 キ10 九五式戦闘機:1935年(皇紀2595年)昭和10年 キ27 九七式戦闘機:1937年(皇紀2597年)昭和12年 計画時の機体は 「キ○○」の通し番号で呼び、1927年(皇紀2587年)以降~制式制定(仮制式制定)の名称は、「制定時の皇紀年号下2桁」 + 式 + 機種名となる、陸軍は海軍より2年早く1927年(皇紀2587年)の八七式重爆撃機から用いられ、1940年(皇紀2600年)制式の機体は「零式」ではなく「一〇〇式」

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陸軍と海軍で名称のつけ方が違いますが、昭和元年から昭和14年までに運用された戦闘機はおおむね○○式と言われます。 海軍は、最初元号に基づく年式を使っていました。 昭和元年は大正15年と同年なのでその年審査した水上偵察機を一五式水上偵察機としました。 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%80%E4%BA%94%E5%BC%8F%E6%B0%B4%E4%B8%8A%E5%81%B5%E5%AF%9F%E6%A9%9F 昭和3年に審査した戦闘機を三式艦上戦闘機としました。 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%89%E5%BC%8F%E8%89%A6%E4%B8%8A%E6%88%A6%E9%97%98%E6%A9%9F その後 皇紀に基づくようになり、昭和4年に開発した飛行艇を八九式飛行艇としました。 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%AB%E4%B9%9D%E5%BC%8F%E9%A3%9B%E8%A1%8C%E8%89%87 陸軍は、大正以前は、年号に基づく命名ではなく、開発元などにちなんで、ニ式24型戦闘機(ニューポール式の意味)などと名付けていました。 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8B%E3%83%A5%E3%83%BC%E3%83%9D%E3%83%BC%E3%83%AB_24#%E9%81%8B%E7%94%A8%E6%AD%B4 昭和2年(皇紀2587年)に審査した爆撃機から皇紀に基づいて命名するようになりました。 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%AB%E4%B8%83%E5%BC%8F%E8%BB%BD%E7%88%86%E6%92%83%E6%A9%9F

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日本海軍で皇紀年式が採用されてから最初の艦上戦闘機は九〇式艦上戦闘機で、それより古いものは元号年式である三式艦上戦闘機、十年式艦上戦闘機とさかのぼります。