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2021/4/15 11:46

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あなたは何がきっかけで宗教を始めましたか?

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日蓮正宗信徒ですが、人生を変えたいと思ったからです。 それまで宗教には懐疑的でしたが、入信へ導いてくれた方や御僧侶が正直を貫いていたことが入信の決め手となりました。

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「おまえの宗教は何だ」 「無宗教だ」」 「無宗教な人間などいない」 というやりとりがあって ならば自分が教祖の宗教を作るしかない、と考えた。

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身内の死と直面してから疑問に思ったことがありました。 葬儀を喪主が浄土宗の僧侶にしてもらい、その時、私は葬儀に参列する経験が初めてでした。 念仏の読経をあげてもらい、火葬場に出棺し、その後お寺に行って木魚を叩きながら、また読経があり、終わると故人が救われたというようなことを僧侶が言ってましたが、葬儀からの一連の流れで、私は故人が亡くなってから、ずっとただ悲しい、ただ虚しい、ただ寂しいの感情しかわかず、本当に故人が往生したのか、そのときからずっと疑問になり、逆に心にしこりができてしまっていました。 身内の実家が浄土宗の檀家だったので、そこのお寺に葬儀をお願いするのは、一般的な葬儀のやり方としてするのは、1つの選択肢ですし、私自身も仏教のことや、浄土宗のことも何も知らずに子ども時代を育ってきたので、葬儀で何も感じなかったから故人が救われていないというのは、当時は何も仏教のことを知らない私の勝手な考えや思いかたであり、それで浄土宗の葬儀をおしはかることは当然、筋違いなのではないかということも自分で思っています。 身内の死後すぐに駆けつけて、その遺体を見ると、どうしてもその苦痛に満ちた表情が、仏教でいう地獄に堕ちてしまったんじゃないかと思えたのです。 あくまでも私個人の感想です。 1つ不思議な体験がありまして、幼稚園児だった頃に高熱をだして、休んでいたときのことです。 布団には入ってアイスマクラをしていたのですが、眠れなくて目は覚めていたとき、頭の中と表現すればいいのかわからないのですが、とにかく体の中から知らない男性の声で聞いたこともないことをずっと言ってくるのです。 それが後から念仏だということがわかりましたが、当時はそれまで念仏を聞いたこともなかったのに、体の中からその知らない言葉が知らない声で何度も何度も繰り返し唱えられたことで、さらに吐き気や頭痛などの具合が悪くなったので、今でも記憶しています。 そういうこともかつてあったからなのか、わかりませんが不信感がわいてくるのです。 それから十数年経った後、親が突然知り合いから仏教の話を聞きに行かないかと言われ、親自身も過去に複雑な家庭環境で育っており、親は先祖供養のことをずっと内心考えていて、話を聞きにいこうと知り合いと日蓮正宗のお寺に行き、話を聞いて入信を決意し、そのまま入信し、さらにその日のうちにタイミングよく知り合いと同じ信徒の方から、ほとんど使っていないお仏壇を無料で譲っていただき、本尊を御安置して家にきたのです。 そんなことが起こっていたとは、私は全く知らないで日中の仕事を終えて夜帰宅し、着替えをはじめようとしたときにそのお仏壇に気がつきました。 親はそのときまた外出してましたので、これは何だろうと思い、仏壇の中を見ると御本尊がありました。 日蓮正宗の御本尊を見るのはその時が初めてでしたが、文字がものすごく達筆で美しいなと思うと同時に文字に(正確には文字ではなく御本尊に力があるということですが、当時の自分の言い方で表現してます)何かとても力があるように感じました。 こんなことをただ見ただけで感じたことはありませんでした。 親が帰宅し話を聞くと、日蓮正宗(当時の私は聞いたこともない宗教名でした)に入ってきて、これから先祖の供養が毎日家でしてあげられると言ったのです。 親を日蓮正宗に紹介してくださった、知り合いの人は長年にわたる親の知り合いでしたが、ずっとこの信仰をしていることは言わずに、後にも先にも私の親に、この仏教のことを話したのは、その時だけでした。 そして、その時、私もずっと心にひっかかっていた地獄に堕ちてしまっているのではないかと思っていた身内の命を、ここで供養すれば助かっていくかもしれないと、また難しいイメージだけでしかなかった仏教のことを勉強してみたい、また親にも誰にも言ってない自分自身の悩みもあり、もし変な宗教だったらいつでもやめればいいと思ったことがきっかけで入信しました。 それから故人の塔婆供養をしてもらい、とても不思議な体験をさせていただきました。 そしてようやくこれで故人が救われていくと命で確信することができました。 たとえ仏教でも宗派が違うと葬儀の内容が全く違い、そして効力の差が歴然としていることを目の当たりにし、また自分が長年ずっと抱えていた本当の悩み・苦しみも、気がついたらなくなっていました。 そうしたことの積み重ねを体験し、信心を続けさせていただいてます。

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きっかけというか成り行きというか。 日本人って宗教やってないって人が大半だけど、日本の日常の中に宗教が入り込みまくってるので、気付いてないうちに宗教やってるかと。

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