「作品と人柄は別だ」という理論は良く聞かれます。しかし私はどうも人柄を気にしてしまいます。例えば「るろうに剣心」。

生き方、人生相談 | 一般教養28閲覧xmlns="http://www.w3.org/2000/svg">50

ベストアンサー

0

ThanksImg質問者からのお礼コメント

皆さんの意見勉強になりました。一番しっくり来る答えなのでBAにしたいと思います。 やはり作品の種類と露呈された人柄とのミスマッチで見方は変わるのかと・・・・ただ完全に割り切っている意見もありますね。 ひとそれぞれですね。ありがとうございました。

お礼日時:4/17 21:59

その他の回答(4件)

0

基本的には「作品と人柄は別」というスタンスですが、実際はケースバイケースで、「元々好きだったものは、後付けで何かやられても作品を愛せる」けど、さほど興味がなかったり、何かやらかす以前に冷めたものだと「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」みたいになります。 私の場合だと、「和月先生と『るろ剣』」とか「小室哲哉さんとTMN等の楽曲」なんかは完全に「作品と人柄は別」ですが、たとえば「川谷絵音とゲス作品」だと、元々ゲスにまったく興味ないということもあって、あれ以来は何を観ても聴いても白けます。 ついでに言えば、自分自身だってさほど立派な人間ではないですから、暴力行為とかでなければ、「まあ、そういう弱さもあるか」「有名人だって他人に言えない性分はあるよな」と思えます。なので、鬼の首をとったように責め立ててる人を見ると「この人はどんだけ清廉潔白な聖人君子なんだろうか?」と思います。

0

悪人であっても正論を言うし、善人だって筋の通らない愚痴を垂れ流す日もある訳で、発言内容が正しい事と発言者の人柄の良さは必ずしも一致しない。 「でもこの人言ってる事は正しいよね~無職だけど」みたいな事は現実にもゴロゴロあって、発言者が子供だからって理由で内容を精査せずに切り捨てられたり意見を聞かれなかったりもざらにありますから、……まぁ世の中そういうもんだろうと思うだけですね。 言葉は音なのでそれ自体に力はないが、受け取る側の想像力でもって刃物になったり光になったりする。 コミュニケーションは発信者に問題がある場合もあれば、同時に受信側の問題でもあって、どちらか一方にでも問題が発生すると情報が正しく交換されない。 ……という、当たり前の事が起こっただけ。 コミュニケーション自体が元々持っている欠陥です。 言葉ってそういうものだよね~としか思わない。 作品と人柄であっても法則性は変わらず、情報が正しく受信されない事にもやもやしたところで、コミュニケーション自体の欠陥だからしょーがないし、「人柄最悪であっても先入観にまどわされず情報を正しく精査できる人ってすごいな~」と感心するだけですね。

0

ご自身でも仰っている通り、「知らずに楽しんでいる可能性は高い」です。 このようにバレていないだけの人がずっと多いと知っていながら、悪行がバレた芸術家へのサポートをしない事は、その悪行自体への非難では無く、隠し通せなかった事への非難でしかありません。 さらに、性格や人柄、イメージの重大性を語る事は、そのままの自分でも問題無い芸術家に社会が求めるイメージに近づく事を強要する事にも繋がってしまいます。 日本だと大麻がとても重大視されますね。大麻のせいで逮捕され、引退にまで追い込まれた芸術家は大勢います。でもそれは日本や東アジアの文化がそれを嫌っているだけで、多くの国では違法ですらありません。違法であっても、逮捕はされない国も多いです。 滞在している地域の法律に違反する行為を取れば、それは罰せられる事ですが、「絶対的な悪」では無い物に対して、それが人間として最低の行為であるかの如く叩く第三者もどうかしています。 勿論、自分の価値観とそぐわない行動を思い出させられ、単純にもう楽しめないから、見ない・消費しないというのは個人の自由なので、責められる行為では無いでしょう。 でも個人的に思う所もあります。、 作品はアーティスト・芸術家だけの物ではありません。 編集者、出版社、音源製作者、プロヂューサー、アシスタント、原作家.. 作品のイメージを背負った芸術家自身は作品の2割にも満たない事なんてざらです。最近の歌手なんて特にそうですよね。作詞も作曲も演奏もプロヂュースもスタイリングも、全部他の人がしているのに、何故その歌手の悪行のせいでその歌・作品が嫌いになれるのか。 正直自分には謎です。

少し話は逸れますが、偽名を使ったり、アイデンティティを隠して出版される作品や、覆面の歌手やユーチューバーは、身元を明らかにした場合よりずっっっと売れる可能性が低いですよね。 作品の内容は同じでも、作った人を気に入るかどうかで消費するかどうかが左右される、というのは悲しい事実です。 ミステリーとして上手く活用している人はほんの一握り。 人間社会はこういう物だからしょうがない、と言ってしまえばそれまでですか、これだけ「高度な知能」と「発達した文明や芸術」を誇っているのに、行動はその真逆だな、と思います。