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2021/4/17 0:45

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昔は家門の跡継ぎ(長男)の名前を決める際に、名前のどこかに◯という字を入れる、などの決まり事(?)的なものがあったのでしょうか?

歴史 | 日本史36閲覧

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武家はとくに一字を継承することで 「一族・一門」であることに「格付け」していました。 よって、代々「信」の字を引き継ぐ、名門・武田家は この「信」の字が与えられなかった後継者・武田勝頼を 正規の後継者とは認めず、 「信」の一字を持つ勝頼の息子に将来を託しました。 神職も意外とそうなのかも知れません(^^)

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決まりではありません。 ただ、その家のアイデンティティを示すために、 通字と言って、共通の文字を用いる場合もあった、 という程度です。 例えば、徳川家では歴代の当主は、 原則的に「家」の字を用いたといった具合ですが、 綱吉や吉宗のように、当人の意志で、 敢えて改名をせず、家の字を用いなかった場合もあります。

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ヨーロッパでは同じ名前の人が少なくないですが(なので、ルイ○世などと呼ぶ)、日本では「通字」と言って、名前の一部に同じ「字」を入れる文化があります。 もともとは中国では兄弟に同じ「字」を使う風習があったそうです。 毛沢東なら、弟は毛沢覃と言って、「沢」という字が使われています。 ただ、中国は儒教文化なので、世代間、つまり父と子などで同じ「字」を使うのは無礼ということで、親子間などには使われませんでした。 日本では親にあやかるなどの由来で、兄弟だけではなく、親子間でも頻繁に使われています。 例えば徳川家なら、初代家康―(2代秀忠)-3代家光ー4代家綱―(5代綱吉)―6代家宣、というように「家」の字が使われました。 2代秀忠、5代綱吉、8代吉宗は使われていないのは、もともと彼らは世継ぎではなく、たまたま本来の世継ぎが死んで、将軍になったからです。 「家」の通字は世継ぎのみに使われました。 毛利家は長男・世継ぎになるひとは「○元」、次男以下は「元○」と「元」を通字としました。 毛利元就の場合、「元」が上にあるのはもともと彼は次男で、長男の興元が早死にして家を継いだからでした。

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